「好きや。」


この木の下で、そうあなたが言ってくれたのは


高校2年生、桜の花が満開の季節でした。






桜が咲く、その前に





「勝手に一人で行くなや」

「あ、亮ちゃん、おかえり」



遠く、薄い碧色をした空の下、

まだ少し冷たい空気を肌に感じる。

マフラーを巻き直して、

持っていた鞄と、長い筒、

そして、まだあまり開いていない一輪のチューリップの花を芝生に置いた。



目の前には大きな桜の木が1本。



今はまだ枝しかないその木にそっと触れていると

後ろから、気きなれたちょっと低い声が聞こえた。









「あー!めっちゃウザかったわ」


疲れたように黒髪をかきあげながら、芝生にどかっと座り込む。

抱えていた学ランはよく見えないけど、

きっとボタンは一つも残らず取られているのだろう。

だって、シャツのボタンすら、いくつかなくなっている。





「“錦戸先輩ボタン下さい!”って凄かったもんね」


くすくす笑いながら言うと、


「笑い事やない」


と、眉間に皺を寄せて睨まれる。


「ニシキドセンパイ、顔怖いー」

「・・・お前、しばくぞ」


はぁ と伏し目がちに溜息吐く姿を、横目で見つつ。





あぁ、でもね。


ほんとは私もボタン欲しかったんだよ、なんて


この立場にいるからこそ、恥ずかしくてとても言えなかった私は、


素直な後輩達が、少しだけ、羨ましかったりする。










「何してたん?ここで」

「この桜の木とお別れ」



校舎の裏側は芝生になっていて、

1本だけ、大きな桜の木が空に向かって生えている。

昼間は日が当たってポカポカに暖かくて、

よくここで、2人、授業サボったよね。





























「あーお昼休み終わっちゃうよー、授業出たくないなぁ」

「・・・サボったらええやん」

「・・・錦戸くん、サボるの?」

「そのつもりやけど?」

「・・・私、授業サボるの、初めてだぁ・・・」

「ほんなら、・・・仲間入りやな」



1年の時、まだなんとなくクラスに馴染めなくて、

唯一できた友達はお休みで、

あまりにも暇で、抜け出した昼休みの教室。

もう葉っぱだけになってしまった、大きな桜の木の下に

アナタがいるのを見つけました。


同じクラスの錦戸くんは、すっごくかっこいいんだけど、

ちょっと怖くて、とっつきにくくて、一回も話した事なかった。

でも、ふとしたときの瞳がすごく優しくて、

ニヤリ、と口角を上げて笑ったその表情が悪戯っ子のようで、

初めて話した、桜の木の下で、私は恋に落ちました。



















「早かったね、3年間」

「そうやなー・・・」



















「亮ちゃん、今年も同じクラスだね!よろしくお願いします!」

「・・・あぁ」

「2、3年はクラス変えないから、3年間一緒だねー」

「・・・なぁ、俺さぁ・・・」

「亮ちゃん?」



「お前のこと、・・・好きや。」



桜の花びらが強い風に舞い、

おもわず目を瞑った私が次に目を開いた時、見えたのは、

視線をはずして、きまずそうに立っている亮ちゃんの姿でした。



















「・・・何、笑っとんねん、キショイ」

「失礼な!思い出してたのー、亮ちゃんの突然の告白!」

「・・アホ、知らんわ、そんなん」

「もうすぐで2年だね、あれから」


笑いながら話す私を軽く睨みながらも、


「2年、か・・・」


そう、目を細めて遠くを見る亮ちゃんの表情は、

あの頃よりも、ぐっと、大人っぽくなったね。















友達と喧嘩して落ち込んでいた時、


テスト前でイライラしていた時、


受験の事で悩んでいた時、





私はいつも、この場所に来た。





ボーっと、この大きな桜の木を眺めていると、


自分の悩んでいる事が、凄く小さいことのように思えて。


何年も何年も生きてきた、この桜の木を眺めていると、


なんだか心が大きくなれるような気がして。







そう、そしていつも


隣には、亮ちゃんがいてくれた。







亮ちゃんと喧嘩して、後悔してた時、


亮ちゃんが他の女の子に告白されてるのを見て、落ち込んだ時、


亮ちゃんのことを好きな女の子達から、軽い嫌がらせを受けて、泣いていた時、





いつでも





眉間に皺を寄せながらも、迎えに来てくれて、


アホか、って呆れながらも、頭ぐしゃぐしゃになでてくれて、


何にも言わないでも、そばにいてくれて、







この場所で、いっぱいいっぱい、


亮ちゃんから愛をもらった。




















「・・・コレ、やるわ」

「ひゃっ」


突然亮ちゃんが立ち上がったと思ったら、

何かが私の頭にかぶさってきて視界が遮られた。





なんとなく、安心する香り・・・。


・・・亮ちゃんの・・・・・・学ラン?





頭にかぶさっていたモノを手にとって広げてみると、


3年間、亮ちゃんと行動を共にしていた、黒い学ラン。





・・・そして、その胸元には、



上から2番目、



3年間、亮ちゃんの心臓の一番近くにいた金ボタンが



しっかりと、輝いていた。




















「行くで」


ボケっと学ランを眺めていると、

座っていた亮ちゃんが立ち上がり、

ポケットに手を突っ込んで、ゆっくりと歩き出す。


「・・・りょーちゃん!」


立ち止まって、ゆっくりと振り向いた亮ちゃんに


潤んだ目は見られたくないから


精一杯の笑顔を作った。





「違う大学だからって、浮気したらだめだからね!」

「は?するか、そんなん。・・・お前こそ、合コン行ったらアカンからな」

「こんなかっこいい彼氏さんがいるのに、そんなの行きませんー」

「当然やろ?」





ギュッと学ランを握り締めると、かすかに亮ちゃんの香水の香りがして、


胸がきゅっと、締め付けられた。



「・・・ありがとう。」










これからは、違う道を歩いていくけれど


いつかいつか


この2本の道が繋がって


1本道に、なりますように。















「ほら、早よしろや」

「うん」



差し出された手を握って、


一歩、新しい道を歩き出す。


少しだけ振り返ると、そこにはいつもと変わらない桜の木。


まだ、蕾は固く固く閉ざしてしまっているけど


新しい道を歩き出した私たちを、見送ってくれている気がした。










「また、ね。」

























あとがき

明らかに時期が少し遅いですね・・・。
でもこの時期になると、私は卒業関係が書きたくなるみたいです。
そして、どうしてもボタンを登場させたいみたいです。
いつもこの時期に思い出すのは、なぜか中学の卒業式。
うちのガッコは、ボタンより男の子のネクタイ貰うのが流行ってましたね。
まぁ、私には関係ナイ話でしたけど(苦笑)
このお話でも出てきてる、チューリップ1本とかは、
もろ私の中学の卒業式から来てます(笑)
遂に初錦戸さんということで、エセ関西弁で申し訳ないです。
つーか、ちょっと蜜多すぎたかもね。

完成日 06/3/22 (水)
UP    06/3/24 (金)

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