Against expectation 〜Yu-yu's story〜
 


 小さな窓から見えるのは、青と白だけ。
ずっとこの景色が続いている。
私は頬づえをつきながら、何も考えずに外を見つめる。

 今、私は日本に帰ろうとしている。
ここは雲の上…広い青空を飛び続けるこの小さな空間の中に、
私は何時間かずっと拘束されたままでいる。
大学一年の夏休み中にアメリカに留学していた。
見知らぬ土地、空気、そこに住む人々…
さらに言葉が異なるというハンデを抱えながらも、
なんとかそこで暮らしていた。
最初はもちろん不安で仕方がなかった。
しかし不思議なもので、
人間は環境が変わってもしばらく経てば慣れてしまう。
私も例外ではなかった。
月日が経つにつれ、徐々にその場の生活様式に浸透していくことができた。
私自身、いい刺激を受けることができたし、
いい経験を積むことができた。
それだけで満足できなくなった私は今回、
春休みという短い時間ではあったが、フランスに留学した。
大学で第二外国語として学んだフランス語を、
実際に試してみたくなったというのもあった。
結果は惨敗だった。
やはり文法を勉強していただけでは、身についていないも同然だった。
私はフランス語を自分のものにしようと必死になった。
だが、そんな短期間ではやはり限度があった。
もう一度挑戦しよう…という決意を抱きながらの帰国だった。

 高校を卒業してから、初めての春がきた。
ずいぶん時は経ったような気がするが、数字で表せばたったの一年。
傷が癒えるための心の時間としては短い。
――…なぜあんなことをしてしまったのだろう…。
そんな後悔が、いつも私の心にあり続けた。
自分が悩んだ末に起こしたのは、
あんな子供染みた、愚かなことだった。
でもあの時は最善の考えだと思っていた。
所詮、自分のすることがいいか悪いかの判断は、
過去を振り返り、客観的に見て評価することしかできないのだ。
その日、その時の自分は冷静さに欠けているのだから…。
私は彼女のことを忘れない…
そしてあの出来事も…。
自分の犯した罪を忘れないために。
いや、きっと一生解放されることはないだろう。

 空を眺めながらふと、昔のことを思い出した。
真新しい制服に身を包み、
緊張しながらも新たな生活に希望を抱いていた時のことを…。
あの頃の自分は高校一年生で、心身ともにまだ未熟だった。
それでも大人になろうと背伸びしていた自分が懐かしい。

 空気の張り詰めた教室は、居心地の悪いことこの上なかった。
一部はもう自己紹介を済ませ、話に花を咲かせていた。
私も早くあんな風に気軽に話せるようになりたいと思いながらも、
焦る気持ちを抑えた。
高校での最初の友達は肝心だ。
しばらくはその子と行動をともにすることになるし、
なるべくだったら長く付き合っていきたい。
高校での友達は一生の友達だというし、
それに私は薄っぺらい友情は求めていない。
慎重になりながらも、もらった名簿と教室にいる子たちを交互に眺める。
それから少ししてからのことだった。
「あの…タカサキさん?」
突然声をかけられた。
みると、隣に座っている女の子が私をおそるおそる見ていたのだ。
肩につかない程度の少し茶色がかった黒髪で、
見るからに大人しそうな子だった。
「うん、そうだけど…あなたは?」
「あ、隣の席のカタヤマ ナツキです」
席は男女混合の出席番号順と決められていた。
「そうなの。タカサキ ユウです。よろしく」
そして、お決まりの話題へとはいっていく。
中学はどこだとか、住んでる場所とか…そういったことだ。
正直、私はこの子が嫌だった。
確かにいい子だとは思う。
でも、自分の主張性はなさそうだし、
かよわそうだし、とろそうだし、どっかぬけてそうだし…
とにかく私とは合わないタイプだと直感で思った。

 私の予想は当たった。
皆が高校生活に慣れ始め、余裕がでてくる頃。
友達の輪が少しずつ広がり始め、
かたまっていたグループがばらけだす。
私のキャラは当たりがよく、男女ともに友達が増えた。
自分で言うのもなんだが、勉強と運動には自信があった。
これも負けず嫌いの部分が表面化したためであろう。
今までもそうだった…
私は周りから一目置かれる存在であった。
「ユウユ」と呼び親しまれ、
ちょっとの優越にひたりながらも、毎日を楽しく過ごしてきた。
そんな中、だんだん彼女の存在がうざくなってきた。
自分から人の輪に踏み入れるのを恐れる彼女を見ていると苛立ちを覚え、
お守りはごめんだと知らん顔していた。
それでも、彼女はやってくる。
「ユウユ、一緒にお弁当食べない?」
「ごめん、もう食べる約束してるからー」
彼女は傷ついた顔をしながらも、笑顔をつくる。
その度に、私の焦燥感は増した。
彼女に関わるのが嫌でしょうがなかった。
いつもまわりについてくる。
しょうがないじゃない…彼女が頼れるのは私しかいないのだから…。

 でも、いつからだったろう…。
何がきっかけだったとかそんなのは今でもわからない。
いつの間にか自分が孤独であることに気づいた。
それまで私のまわりにいた友人は、私を敬遠し始めていた。
わかった時にはもう手遅れだった。
友達はいるけど、本当の友達なんかいなかった。
きっと、私がそういう目で皆を見なかったせいだというを、
その時の自分にわかるわけなかった。
周りの人を信用することができなくなっていた。
暗い闇に光を差し込んでくれたのは…
私がもっとも嫌悪感を抱いていた彼女だった。
どんなに振り払っても振り切れず、
私になつき続けてきた。
「ユウユ、お弁当一緒に食べない?」
「……いいよ」
いつもと違う返事をした私に驚く彼女。
そしてとびきりの笑顔を見せる。
この子って…かわいいんだな…。
好印象を抱いたのはこの時が初めてだったかもしれない。
それから私はこの子に心を開き始めた。
一番気が合わないと思っていた彼女が、
一番気が合う友達になった。
この子が心を開ききっているせいか、
自然とこちらも警戒心が解けていく。
私にとっての良き理解者…
そして親友となるまでにはそう時間はかからなかった。
そうなると醜い独占欲が私を支配する。
他人のことを思いすぎるせいで、自分を傷つけてしまう…
そんな素直で純粋な彼女をいつからか、
自分が守っていかなければいけない。
自分のそばにおいておかなければいけないという気持ちに駆られるようになった。

 また新しい春がきた。
「おはよーナツキ!今年も同じクラスだね!!」
「あ、ユウユおはよう。…席離れちゃったね」
「でもそんな離れてないしさ」
新しいクラスになって、新しい出席番号順で座る。
ナツキは窓側から二列目の一番前。
私はその右側の列の三番目。
たいした距離じゃない。歩いて二、三歩だ。
「ねぇね、カタヤマさんとタカサキさん…?」
二人の会話に向こうから割って入ってきたやつがいた。
声がするほうに振り向くと、
ナツキの左斜め後ろの男子が机から身を乗りだしていた。
「…そうだけど」
私が不信そうに答える。
「はじめまして!俺はこのクラスで一緒のイイダ カツヨシです」
ノリが軽くて、単純そうなやつ…これが彼の第一印象だった。
「イイダくんって…サッカー部の?」
ナツキが聞く。
「そうですーあ、もしかして俺って有名人?」
ちょっと勘違いな彼の態度に気分を害す。
「ええ。イイダくんはサッカーバカですごく有名よ」
私はトゲのある言葉で返事をする。
だが実際、彼がサッカーが上手いということは学年…いや、
もしかしたら学校中で有名かもしれない。
悔しいが、口だけでなくたいした実力の持ち主だ。
「冷たいな〜てか、そんなかたっくるしく呼ばないでカツでいいし。
 俺もナツキ、ユウユで呼ぶし」
なんなんだ…コイツのこの慣れなれしい態度は。
「…ね?アイジマくん!」
そう言って、彼は突然前に座っていた男子に声をかける。
同時に、前の男子が読んでいた本もひょいと取り上げる。
アイジマという男子は慌てた様子も見せずに後ろを振り返る。
「返してくれないか?」
冷たく、低い声で言う。
それに臆することなくカツがいう。
「おいおい〜しょっぱなからよくない態度だぞ〜」
いや、それはおまえだ…と、心の中でつっこんでみる。
「もっと笑って!ほら、仲良くしようぜースバル」
カツはアイジマくんにからむ。
その光景を見てナツキが笑いだす。
「カツって面白いねー」
ナツキってば、さっそくコイツに洗脳されてるし。
「いやいや。やっぱり楽しくいかなくちゃ!」
カツがアイジマくんの本をぶんぶん振り回しながら言う。
「…おまえ、人の本…」
彼はもうすっかり呆れている。
「そうよね!これからよろしくね」
ナツキはめちゃくちゃ笑顔だ。
「さっそくいいお友達ができたね、ユウユ」
そしてこそっと私にささやく。
私は「う、うん」と言って苦笑いするしかなかった。
「これから四人で仲良くやっていけそうだな!」
どうやらこの四人で行動すると、彼は独断で決めたらしい…。
やれやれ…と思っているのは、どうやら私だけではないようだ。
アイジマくんも同じような顔つきをしている。
一見、チグハグしていていかにも合わなそうなこの四人が、
以後とても仲良くなるとはこの時誰も予想していなかっただろう…
約一名。カツを除いては…。


 そんな過去のことをふいに思い出して、思わず笑みがこぼれた。
懐かしかった…三人との出会い。
始めはどれもいい印象のものではなかった。
人間、付き合ってみなければその人の本質はわからない…
そう身をもって学んだことだった。
四人でいることが…とても心地よかった…
あんなのは初めてだった。
この状態をいつまでも、保ち続けたいと思っていた。
でもいつからか、あの中で恋愛関係が生まれていることに気がつく。
ナツキとスバルがお互いに好きになっていることはわかってたし、
カツがナツキを好きだということもなんとなく気がついていた…。
そんな状況に触発されたわけじゃないけど、
私はいつの間にかスバルを気にし始めていた。
そのことを最初に話したのは、ナツキじゃなかった…
なぜかカツだった。
彼は何にもわかんないようでいて、
実はきちんとわかっている男だった。
意外にも話を真剣に聞いてくれたし、
そのせいか、彼によく相談したりしていた。
「ナツキのことが好きなの?」
そう聞いた時の彼の動揺ぶり…今でもはっきり覚えている。
それからかな…お互いの恋愛について今まで以上に話すようになったのは。
そうやっているうちに、二人であの計画を思いついてしまったのだ。
最初はあんなにすんなりうまくいくなんて思っていなかったから、
本当に軽い気持ちで始めたことだった。
でも、あまりに自分たちの思惑通りにことが展開していったので、
だんだんあの手この手と考えるようになっていってしまった。
そうしているうちに、私は自分の気持ちに冷静になっていった。
確かに、カツは本当にナツキのことが好きだった。
その一方で、私は違っているような気がしてきたのだ。
なんだか、恋するって気持ちとはかけ離れていたような…
正直、スバルはたいして好きではなかったのかもしれない。
ナツキが好きなスバルが好きだった。
スバルにナツキをとられるのが嫌だった。
そんな気がして仕方がなかった。
その気持ちに気づいたからこそ、別れを選んだのだ。
戻ってきたスバルの私に対する気持ちも同情心だってわかっていたし。
そもそも、彼が私を本気で恋愛感情をもっていたことなんてあったのだろうか…?
なんて何度も考えたりしたこともあった。

 どれもこれも全ては過去の話。
懐かしく、そしてあまり思い出したくない思い出と化してしまった。
それは自分のせい…そんなの痛いくらいわかってる。
だから、卒業式に彼女に謝ったところで、
友情をとり戻そうなんて都合のいいことができなかった。
確かに和解はした。
でも、春休みになって、大学生活が始まって、
彼女から連絡はこなかったし、
私からも恐くてできなかった。
あんなに大切だった彼女を傷つけた。
その事実が、彼女に会う度に重くのしかかってきそうだったから…
そう、私はこうやって都合の悪いことから避けて、
責任逃れをしているだけなのだ。
自分のことで他人が傷ついてしまうとき…
以前はそんなに気にしなかたった。
でもそれは自分のせいなんだと激しく責めるようにになったのは…
もしかしたら彼女の影響かもしれない。
べつにそれが悪いと言っているわけではない。
むしろ、忘れかけていたことを思い出させてくれたことに、
感謝しているくらいだ。

 私はため息を軽くついてから席を立った。
狭い機内を歩いて化粧室に向かい、
用を済ませてまた自分の席に戻ろうとした。
私が通路を歩いていると、
通路側に少しはみ出していた雑誌に軽くぶつかり、
その衝撃で雑誌が落ちてしまった。
「あ、すみません」
そう言ってその雑誌を拾い、読んでいた人に返そうとする。
受け取ろうとしたその人の動きが止まったので、
私は不信そうに顔を覗きこむ。
「…あの?」
私がその男性に声をかけると、
向こうが意外な言葉で返してくる。
「ユウユか…?」
私は驚く。
その名前で私を呼ぶのは高校までの友達しかいない。
彼の顔を見るが、とっさにわからなくて黙っていた。
「ユウユだよな?」
今度は確信を持ったようにその男性が私に聞いてくる。
「…そうですけど…」
「やっぱりそうだ!いやだなー俺のこと覚えてない?
 忘れちゃった?」
明るいノリでふっと思い出す。
「…カツ!?」
「そうだよ!おまえ、忘れすぎー
 俺ってばそんなにかっこよくなっちゃってた?」
「ごめん、だってあまりに突然で…え?なんでココに…?」
驚きと戸惑いの中、話していると機内でアナウンスが流れる。
「お客様にお知らせします。
 当機はまもなく着陸態勢に入ります。
 どなたさまもすみやかにシートに戻られるようお願いいたします。
 繰り返します…」
私はその場にもういられないことを知って、
この状況をどう対処すればいいのか困ってしまった。
「おまえ、どこ座ってるの?」
そんな私を見かねてカツが声をかけてくる。
「え…と、ここから後ろの方の席」
「じゃあさ、下りる時待ってるから、
 ここ通る時に声かけてよ」
「あ、うん。わかった」
そう言って私は慌てて席に向かう。
カツは振り返って笑顔を見せる。
自分の席に戻って、力が抜けたように座る。
心が落ち着かなかった。
こんなことって…ある?
こんな偶然、誰が予想した?
過去を振り返っていた次の瞬間に、
まさか…まさかカツに会うなんて。
私は気持ちの高ぶりを押さえることがどうしてもできなくて、
冷静でいられなかった。

 飛行機が着陸してから、乗客が移動し始め、
私は彼に言われたとおりに声をかける。
そして一緒に下りながら話をした。
彼もフランスからの帰りだったという。
なぜフランスに行っていたのかと聞くと、
彼は自慢げに話し始める。
その話を要約すると次の通りだ。
彼はスポーツ推薦で大学に入ったため、
そのままサッカーを続け、部活に励んでいたという。
おそらくサボり癖は直っていないと思う。
そこの監督の知り合いのフランス人がたまたま見学にきて、
カツが目にとまったという。
そのフランス人も監督で、自分のチームを持っているという。
そこですっかり気に入られてしまった彼は、
そのチームを見ないか…一緒に練習をしてみないか?
と、話を持ちかけられたらしい。
「…ってなわけで、この春休みに向こうで合流練習してたってわけ」
彼は得意気な顔で説明を終えた。
「カツ一人だけ?」
「…ん、まぁ他に数人声をかけられてたけど、
 都合があったりで長く参加できたのは俺だけってとこかな」
「相変わらずサッカーバカやってんだ」
「ユウユは相変わらずだなぁ…」
カツが弱った顔をする。
私はふっと笑った。

 この偶然の再会をきっかけに、私たちはよく会うようになった。
だいたいが一緒に食べたり飲んだりしに行ったのだが、
たまに映画を見に行ったり出かけたりもした。
もともと彼にはいろいろと話しやすかったので、
以前のように相談をしたりもした。
彼は前と変わらず、私の話を真剣に聞いてくれた。
もちろん恋愛の相談なんかもした。
私がその時付き合っていた人との悩みとか…
別れた時は励ましてくれたりした。
こんなに親身になってくれる異性なんて、
そう滅多にいないであろう…。

 私は自分の恋愛話をしながらカツに質問したことがあった。
「カツには好きな人とか、付き合っている人はいないの?」
「あー…俺?俺は…そういう特定の人はいないな」
もともと人気があって、異性からも好かれる彼は、
言い寄ってくる女性と適当に遊んでいるようだった。
きちんとした付き合いはしない…いわばたらし、遊び人といった感じだ。
高校の時は一途だったのに…
その反動が今きているのだろうか。
「早くできるといいいね、そういう人」
「…ああ」


 始めはカツを全くといっていい程、異性として見ていなかった。
確かに、人間的にはとても好きだった。
自分がつらい時に思わず思いだしてしまうのは彼だったし、
思わず泣いたりしてしまうのは彼の前だけだった。
そんな彼を恋愛対象としてみてしまう日が訪れるのを、
誰が予想した…?
思いもしなかった…この男性を好きになってしまうなんて…
この男性と人生を歩むことになるなんて…
彼と再会した時、そんな考えは頭の隅にもなかった。

Fin



 
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