In a blue moon
「ねぇ、俺のことがそんなに嫌い?」
彼からの突然の問いかけに、私は混乱した。
「なんで拒否反応を起こすの?」
今にも細い糸がぷつんと切れてしまいそうな空気。
こうやって怒らせてしまうのも、
無理ないかもしれない。
今日も直哉と私はデートをし、
あてもなく歩いて夕飯を食べた。
夜景を眺めながらベンチに座っていると、
直哉が私の肩をつかんで顔を近づけてきた。
そして私は無意識的に顔をそらしてしまった。
嫌だとか、そんなのは頭にはなかった。
ただ、そう体が反応した。
理由なんてなかった。
直哉がいつもと違う人に見えてなんだか…
「恐い…」
自分でもわからない感情を、
その一言でしか表すことができなかった。
勇気を振り絞って、彼の顔を見る。
涙目になっていて、
目の端から今にも雫が流れ落ちそうだった。
胸が締めつけられた。
「おまえ、わからないよ」
彼は、吐き捨てるように言った。
もう彼は限界だったのだと思う。
私に合わせることが…。
今まで積もり積もったものが一気に爆発したんだと思う。
謝ったらまたいつものように戻れると…
そう期待はしたが、もとに戻ることはできなかった…。
彼は心を閉ざし、
私の言葉に一切耳を傾けようとはしなかった。
まるで私から逃げるように、うんざりしたように彼はこう言った。
「別れよう」
私は引き止めなかった。
彼への気持ちが空白となっていたから。
ただ、胸に重しをのせただけだった。
別れたことさえ、現実味を帯びていないようだった。
こうして夏の終わりと共に、
私の恋も終わりを告げた。
ホントはね、過去の人を忘れたかったの。
あの時、恋していたのは本当だけど、
はじめ直哉を好きになったのは、私の心にいる人を忘れたかったから。
それに気がついたのは最初にふられた後だった。
私は何かに焦っていたのかもしれない。
人を本当に好きになることを見失っていたのかもしれない。
気づいたら傷を癒すために人を好きになり、
またその傷をさらに広げてしまっていた。
現実と過去を行ったり来たり。
私の心にはまだ、あの人がいるのかしら…?
直哉にまた今もふられても彼への気持ちがわからないまま。
私は、直哉が好きだったの…?
ぼんやりとした視界の中、また日常生活が戻り始めた。
夏休みが終わり、大学に通う日々。
綾香も誰もいない。
私の頭にはもやがかかり続け、
今ココにいることさえ意識になかった。
そんな私を一気に正気に戻すことが耳に入った。
ある晩のこと。
私が部屋でCDを聞きながらベッドに仰向けになっていると、携帯が鳴った。
明宏からだった。
「もしもし、真菜?」
受話器越しから、緊迫した空気が伝わる。
「どうしたの?」
「最近、直哉から連絡あったか?」
彼からの問いに心臓が飛び出る思いがする。
「ないよ?」
私は心が乱れたことを隠すようにして答えた。
「そか…」
彼が落胆している様子が窺える。
明宏の質問の意図がよくわからなかった。
彼には直哉と付き合う話をしたが、
別れた話はまだしていなかった。
なにせ別れてからまだ一週間程しか経っていないし、
まだ彼とは大学で出会うことがなかったので話すきっかけを失っていた。
「…直哉、どうかしたの?」
黙っていた明宏に今度は私の方から問いかける。
「ここんとこ大学に来てなかっただろ?
まぁまたいつもの悪い癖が出たのかと思ってたんだが、
携帯に電話しても繋がらないし、
家もずっと留守にしてるみたいなんだ…」
「え、それって…」
私は思わず体を起こして言葉をつまらせる。
「あぁ、直哉の居所がわからないんだ」
直哉が…行方不明。
一瞬あまりの展開に状況が飲み込めなかった。
息を口から吸い込み、唾を飲み込んだ。
どうしていいのかわからなかった。
あてもなく彼を探しに行くわけにもいかないし、
頭で考えようとしたが、うまく考えることができなかった。
「でもまぁ、あんまり心配するなよ」
明宏の声で我に返る。
「アイツがふらっと遊びに行くのは今に始まったことじゃないし」
私が不安がらないよう、彼は優しい声で励ましてくれた。
「うん…そうだね」
私は彼の気持ちを無駄にしないよう、
明るく答えるように努めた。
「じゃ、直哉からなんかあったら連絡するわ」
明宏はそう言って電話を切った。
携帯を放り投げるようにして手離し、
右手で前髪を掻きあげながら倒れこんだ。
両手で両目を覆いながら静かに呟いた。
「どこに行ったの…直哉」
沈黙だけが、重く答えてくれた。