18〜eighteen〜


 年が明けて、先生に会った。
でも12月31日での姿が頭にちらつき始めて、
先生が恐くてしょうがなかった。
声をかけられなくなった。
あれは疲れてる皆を励まそうとして、
重くなっていた雰囲気を少しでも良くしようとして
やったことなのだろうけど…。
そう頭では理解しても、
なんだか気持ちは重くてついていけなかった。
そうして一日中、全く話さなかった。
それから、先生のことはあきらめなくちゃいけない
という気持ちになった。
今までいろんなことがあって、その度に期待して、
その期待を裏切られて、また期待して…その繰り返しだった。
いろいろ考えるのに疲れてしまった。
私が先生をこんなにも深く想っていても、
先生の気持ちはそれに比例してくれない。
それがわかってるから、切なくて悲しい。
このままじゃいけないって、
さよならしようかと考えただけで、その日は涙が止まらなかった。

 そうやって先生と距離をおこうって思ったけれど、
やっぱり一言でも言葉を交わさないと
今にも私は壊れてしまいそうだった。
そう思いながらも話す機会がないまま、
ついに塾が閉まる時間になってしまったので私は自習室を出た。
職員室に先生の姿がなかったからもしかしてと、
給湯室にいった。
そこには先生がいた。
床に座って、ぐったりしながら煙草を吸っていた。
私の気配に気づいてか、先生がこちらを見上げた。
私は少しびくっとした。
「授業ないの?」
「うん。ない」
私はその日の授業はなく、自習しにきていた。
先生は煙草を吸ってから、付け加えて聞いた。
「そういえば、補習でやったプリント復習した?」
「うん。した」
「よしよし」
私があのプリントを誉めると、
「自分で言うのもなんだけど、よくできてるもん」
と先生は自画自賛した。
その言葉に反論できないくらい、あのプリントはよくできていた。
「でもあの補習はショックだった」
「あー、そういえば補習の時に言ってたよね」
私の言葉に先生は思い出したかのように言った。
「それもだけど、そうじゃなくて先生がショックだった」
嫌でも鮮明に思い出してしまう、
思わずひいてしまった先生の姿。
「それを見てからなんだか恐くなって、近づきにくくなった」
と言い、少し間をおいてから
「でも、そういう先生もアリかな?」
そう付け加えた。
「俺ってどういう風に見えてんの?」
と先生に聞かれ、私はその答えに一瞬困ってしまった。
前に先生が『塾の先生のくせに真面目だとアンケートに書かれた』
という話をしていたのをふと思い出し、
その話を持ち出して、
「そんな風にみえてんじゃない?」
と答えた。
うちの塾の先生たちは変にテンションが高く、
面白くてちょっと変わった人が多かった。
そういう他の先生と比べると、先生は少し違う種類の人だった。
先生はそれを聞くと笑った。
その笑いは普段の笑いとかじゃなかった。
力ない笑いというか、とにかくあんなのは初めてだった。
先生が煙草を消した。
「これから掃除するの?」
「うん」
「…手伝おうか?」
「え?本当?」
先生がすごい勢いで反応したので、驚いた。
本当に嬉しそうに言ってくれた。
それは気のせいだったかもしれないけど。
掃除をして、先生が私にお礼を言った。
「いえいえ。手伝うって言ったのに昨日手伝わなかったし。
 まあ先生は気にしてないだろうけど」
と私が言うと、先生は何か呟いた。
ごみを捨てに教室を出て行きながら言ったから、よく聞こえなかった。
その日は先生といっぱい話した気がした。
そして、この人を失いたくないと心から思った。

 センター試験が終わるまで、私は先生に会わないと決めた。
授業以外は塾に行かなくなった。
きっと会ってしまえば、私自身が制御できなくなる。
また何も手につかなくなる。
センター試験前にそれだけは絶対にいけない。
それならいっそ、会わないほうがいい。
センター試験が終われば、先生の授業がある。
それまでの一週間ちょっと会えないだけ。
時には我慢だって必要。
会えないだけで混乱状態に陥る。
そんな自分、弱すぎる。
こうしてセンター試験が終わるまで、
私は先生に一度も会わなかった。

 先生に会わないという決心を鈍らせることなく、
とりあえずセンター試験が終わった。
  私の一般試験は2月1日からだったので、
それまで私は自習室にこもった。
しかし、困ったことになってしまった。
いくら勉強に集中しようと思ってもできなかった。
頭の中から先生が消えてくれなかった。
何を考えるわけでもない。
ただ、先生のことが気になって気になってしょうがなかった。
自分自身が混乱して、制御ができなかった。
今までこういった状況には何度かなったが、
ここまで制御できなくなったのは初めてだった。
こういう事態に陥らせないようにしていたのに、
どこかにまだ甘えがあったらしい。
なんとか受験モードに切りかえようと必死になっていた。
でも、もがき苦しむだけで抜け出せなかった。
どうしよもなくて、ただつらくてつらくて仕方がなかった。

 そんな状態になっても、給湯室にいくのはやめなかった。
先生が煙草を吸っている時に、私は会いにいった。
そして、ふと思った。
二人で話している時間が、長くなった。
最初の頃とか、先生から話してくれるということがまずありえなかった。
私が何か話していたとしても、聞いていない感じだった。
そんな以前の状況と比べると、
多少の変化はあった気がする。
先生は話してくれるようになって、
ちゃんと会話が成り立っていると思えるようになった。
先生と給湯室で過ごすちょっとした時間が、
私の中ではとても大きな時間だった。
そんなささいな幸せも、ついに最後を迎えた。
塾での高三としての授業が全て終了したのだ。
生徒たちは二つの種類に分かれた。
自習室に通う者もいれば、塾に行かないで家で勉強する者もいた。
私は後者だった。
試験が2月の前半に集中していたので、家にこもり続けた。

 一番最初に受けた滑り止まるだろうと思っていた大学に、
私は落ちてしまった。
模試でA判定をだしていたにも関わらず、落ちてしまった。
他の大学の判定は悪かったので、
このままではどこにも受かるわけがないと絶望的になった。
しかし、数日後に一つ受かった。
ただそこは滑り止めの滑り止めだったから、嬉しくなかった。
女子大だったし。正直、あまり行きたくなかった。
この結果を先生にメールするべきか悩んだ。
悩んで悩んで、メールしてしまった。
自分自身の精神状態が最悪で、少しでも落ち着きたかった。
数時間たって、先生からメールがきた。
お祝いのメールだった。
メールを読む度に、自分が落ち着いていくのがわかった。
でもそのメールを読んで、なんだかものすごく嫌な予感がした。
何か分からなかったけど、
やたら胸騒ぎがしてしょうがなかった。

 そうして、試験が全て終了した。
いくつか発表は残っていたが、
とりあえず一つは決まっていたので、
浪人することはないと胸をなでおろした。
受験が終わったことの報告と、
試験についての反省のような内容のメールを先生にした。
夜中に返事がきた。
先生は自分が受験した時のことを話してくれた。
普通にメールしてくれた。
これはまたメールのやりとりが再び始まることを意味しているのか、
それとも単にメールがきたから返信したというだけで、
何も意味しないのか。
私は次の日、メールをしなかった。
先生からのメールはこなかった。


 受験が終わった。
それはもう悩まなくても、自分が動ける状況になったということ。
むしろ、動くしかない。
それが恐くて、考えたくなかった。
何も考えられなくなってしまったのだ。
今まではいろいろ考えてきたのに…。
すごく切なくて、胸が苦しかった。
先生のこの気持ちが受け入れられなかったら、
私は生きていけない。
もう恋なんか絶対にしない。できない。
この恋を最後にしてもいいと思うくらい全てをかけてる。
私の何よりも先生の方が大事。すごく大切。
そばにいられるのなら、私ができること全てをしてあげたい。
それも先生が私を必要としてくれたらのハナシだけど…。
私が告白したら、先生はどうするの?
答えられないから逃げるの?
それだけはしてほしくない。
そう願っていた…。

 2月14日。世の中ではバレンタインデーと呼ばれている日だ。
私は友達と出かけていた。
その友達とは、一緒に先生にメールをした友達。
私はこの友達に、本当に最後の最後まで迷惑をかけてしまった。
話を聞いてもらったり、いろいろ協力してもらったり。
この日もそうだった。
夕方になり始めた頃、
これから先生にチョコを渡しに行こうと友達が言ってくれた。
私はあげたいと思いながらも、初めはその提案に賛成しなかった。
でも今日あげないと後悔してしまう気がして、
結局チョコを渡しに行くことにした。
本命っぽいチョコはなんとなくまずい気がしたので、
冗談っぽいのにした。
かわいかったけど、本当にこれでいいのか?と
やや不安だった。
そのチョコを持って、塾へ行った。
その日は先生が来る日だった。
受験後、先生に会うのは初めてだった。
塾へ向かう途中、足が震えていた。
すごく緊張して、正直恐かった。
塾に着いて煙草を吸っていた先生に友達と一緒にチョコを渡すと、
先生は私たちにお礼を言って受け取ってくれた。
袋を開けて中身を出すと、先生は微妙に笑っていた。
友達は「かわいいでしょ?」と言い、
私は笑っていた。
それから受験の途中報告などを話し、私たちは帰宅した。



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