18〜eighteen〜
次の日に私はまたメールをした。
昨日、突然メールしてしまったことを謝った。
けれどメールすることは、身動きがとれない私にとって唯一の手段だったと。
結論として、受験後に正体を話すということにしたということ。
それからこれを最後のメールにしますが、
受験が終わればまたメールをしてもいいですか?と聞いた。
その日の夜中、先生からのメールはこなかった。
私はいつの間にか眠ってしまった。
朝、気づくと先生からのメールがきていた。
私が配慮したことに対してのお礼がかかれていた。
それと、今は勉強に集中してやってくださいと。
受験が終わってからであればメールをしてもらって構わないし、
また何かあればメールください。
メールがあればこちらからもメールするようにします。
そして、最後の一文にはドキッとさせられた。
『ではまた。って明日も顔を合わせたりするのかな』
確かに、その明日というのは塾で先生と顔を合わせる日だった。
先生はやはり正体が私ということに気づいているのかと思った。
なにはともあれ、私の日常は正常に戻りつつあった。
一時はどうなるかと思ったが。
本当にこんなのは初めてだった。
メールのやりとりが終わってから悲しくて、つらくて、何もできなくて、
夜は眠れなくて、ただ涙がでるだけで…。
やっぱり先生のことが好きなんだと実感した。
先生に普通に接することができなくなって、
あからさまだと思いつつも避けていた。
私が先生に普通に接することができるようになったのは、
しばらく経ってからのことだった。
その日は土曜日で、本当は先生がくる日ではなかったが、
補習のためにきていた。
他の先生と前、後半に分けて授業をする形式で、先生は後半だった。
私はいつものように自習室にいた。
私がトイレから塾に戻った時、職員室にいた先生と目があった。
声をかけるかどうしようか迷っている間もなく、
「先生、後半なの?」
と、話かけていた。
先生は少し驚いたように「え?」と聞き返したので、
私はもう一度尋ねながら先生の座っている席に近付いた。
補習についての話しから、試験の話になり、会話を続けている時だった。
先生が突然、大きなあくびをした。
会話中に失礼なやつだなと思いつつ、先生の目がすごい涙目になっているのを見て、
よっぽど疲れているのだなというのが伝わってきた。
「眠いの?」
「ん、少しね」
先生がそう答えた瞬間、嘘だろと私は思った。
見るからにすごく疲れてるし、
メールを読んでいてもかなり大変そうだった。
「最近、大きな仕事が続いたからね」
「先生って、隠れて忙しいよね。
先生っていうと疲れてるって感じがする」
すると先生に「失礼だな」とかなんとか言われて、やや怒られた。
私的には、それだけ頑張っているということを言いたかったんだけど、
言葉足らずでうまく伝わらなかったらしい。
「まぁ先生も頑張って、私も頑張るから」
そう言い残し、私はその場を去った。
自習室に戻ってきた私の様子がおかしいのを見て、
先生と話したのだなと友達は察した。
先生と普通に話せたことはもちろん嬉しかったが、なにより
職員室で先生とあんなに話せたことの方が嬉しかった。
いつもなら煙草を吸っている時に二人で話すことが多く、
職員室で二人というのは初めてだった。
その日を境に、少し変化があった。
以前と比べて先生とよく話すようになった。
最初は私の勘違いかと思っていたが、先生から声をかけてくれるようになった。
だから私からも気軽に声をかけやすくなった。
たぶん、先生なりの優しさだったのだと思う。
でもその優しさは、私にとってはつらいものだった。
そういう優しさはいらないといったのに…。
まだメールのやりとりをしている頃で、
私が初めてメールをしなかった時のことだった。
私が返信しなくても、先生は心配してメールをしてくれた。
嬉しかった一方で、疑問が生じた。
なんでこんなに優しいの?
その頃、先生はYU−NAについてほとんど知らなかった。
見ず知らずの人なのにわざわざ心配してくれる。
それはなぜかと聞くと、先生には自覚がなかった。
私は分からなくて、思わずこんなことを書いてしまった。
『その自覚のない優しさが、つらいと感じる人もいるかもしれませんよ?』
YU−NAとしての私はつらいとは思ってなかったが、
私は先生の優しさがつらいと常々感じていた。
優しくされれば誰だって期待はする。でも、
その優しくするという行為が単に当たり前のものであれば、
この上なくつらいものに変わる。
そうやって気のない優しさはいらないと思う人は、
好意を抱いている人に優しくされたいとは思わない。
前に私はこんなメールをしたことがあるし、
先生からの優しさはつらいと最後のメールで書いた。
YU−NAは私だと気づいているハズなのに、
こういう接し方をしてくるというのはどうとらえていいのか悩むばかりだった。
確かに、こういう考え方は偏っているのかもしれない。
でも、いつだってその優しさが自分だけの特別なものであると、
そう思っていたくて醜い独占欲が働く。
気があってもなくても人に優しくするのは普通の行為である。
そんな簡単なことがわからないくらい、
私は先生の行動に敏感になってしまっていたのだ。
そんな微妙な状態が続いていたある日のことだった。
私の学校に、塾の先生数人が塾のパンフを配布しにくるという。
はじめは聞き流していたが、先生も来るということを聞いた瞬間、
胸が騒いだ。
期待と不安が混ざったまま、当日を向かえてしまった。
その日、学校はお昼までだった。
友達に「いるかどうか見に行こう」と誘われ、
校舎の中からでも正門が見える場所にいった。
遠くの正門あたりをじっと見ると、塾の先生らしき三人が立っていた。
その中に先生もいた。
私は見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
本当に…本当に先生が学校にいる。
胸を高鳴らせながら帰りに正門を通った。
何か話をしていこうかいろいろ考えていたが、
友達も一緒にいたので先生たちには軽く挨拶しただけで、
私はすぐに去ってしまった。
先生にも会釈をしただけだった。
反射的にそう行動してしまったことが、私の中に後悔を残した。
でもたとえその場にとどまったとしても、どうすればいいのかわからなかった。
帰宅途中、私が見た光景が頭から離れることはなかった。
いつも見慣れている風景の中に先生がいたなんて…。
思いがけない出来事だった。
そしてその思いがけない出来事は、もう一つ起こった。
後日、先生に塾で会うと
「この前、冷たくなかった?」
と突然言われた。私は驚きながらも
「いつ?」
と聞くと、
「配布しにいった時」
と先生は答えた。私は困ってしまって、
「じゃあどうすればよかったの?」
そう尋ねると
「5分くらい話していくとかさ」
と教室の掃除をしながら言われた。
私自身、その一言は結構嬉しかった。
先生にとっては、なんの気なしに言った一言なのだろうけど。
私はあせりながらも「友達が一緒だったから」と説明した。
先生はそれに納得したようだった。
先生と話している間、胸があつかった。
自分がしどろもどろになっているのがわかったし、
鏡を見ないでも、自分の顔が赤くなっているのがよくわかった。