if…


 翌朝。いつもより早く起き、
サキちゃんの母親から連絡がくるか待っていた。
もしきたらすぐに行けるよう準備を済ませ、家を出た。
こなくても、いつもより早めだがそのまま出勤してしまおうと思った。
駅に向かっている途中だった。
サキちゃんの母親から電話があたった。
やはり、サキちゃんは学校へ行こうとしているらしい。
「わかりました。そちらにすぐ向かいます」
そう言って電話を切り、サキちゃんのもとへと急いだ。
嬉しかった。
小さな少女が頑張って、前に進もうとしていること。
嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
自然と顔から笑みがこぼれる。
電車に乗ってサキちゃんの家がある駅に着いてから、
一目散に走った。
歩いて15分かかる道のりを走り続けるのは少々つらかったが、
そんなこと今の私には全然平気だった。
家の近くまでくると、サキちゃんと母親がちょうど家から出てきた。
遠くから見える、少女の不安げな横顔に声をかける。
「サキちゃん!!」
少女は声のする方に顔を向ける。
「ナツキおねえちゃん!」
真っ赤なランドセルをしょった少女が駆け寄ってくる。
「本当に、本当に学校に行くのね」
「うん。恐いけど、サキ頑張る」
前向きな少女に、私は笑顔を向ける。
「あれ?そのうしろのは?」
サキちゃんが私のうしろに隠していたものに気がつく。
「これはね…」
私はサキちゃんの目の前に花束を差し出す。
実は昨日、会社の帰りに買っておいたのだ。
「キ…キレイ。これ…」
「これをお友達に渡して、もう一度謝ってごらん。
 サキちゃんが誠意を見せれば、きっとその子もわかってくれるから」
サキちゃんは驚きながら、そんなに大きくない花束を受け取った。
そしてぎゅっと抱え、不安を吹き飛ばすような笑顔をした。
「ありがとう!」
サキちゃんの母親がゆっくりと私の前に立った。
「すみません、カタヤマさん」
「いいえ、このくらいいいんです」
母親はほっとしたような顔つきをする。
「校門まで、この子と一緒に行こうと思っています」
「そうしてください」
母親はサキちゃんの手をひく。
「いってらっしゃい、サキちゃん」
「いってきます」
私は、二人の姿をしばらく見守っていた。
どうか…どうかサキちゃんがみんなにうけいれられるよう。
そして、サキちゃんもみんなに受け入れられますように…。

 その日、サキちゃんのカウンセリングは予定になかった。
でも、学校にちゃんと行けたか気になったので、
仕事が終わって帰りにサキちゃんの家に寄った。
「カタヤマさん…わざわざすみません」
玄関で母親が迎えてくれた。
「ささ、中へ」
「いえ、ここで結構です。
 今日は…どうでした?」
「ええ…ちゃんと学校に行きましたし、それに…」
「ナツキおねえちゃん!」
母親と私の話し声に気づいて、サキちゃんがやってきた。
「サキね、今日ちゃんと学校に行ったんだよ!
 友達にもね、おねえちゃんからもらった花束をあげてちゃんと謝ったの。
 そしたらわかってくれて、喜んでくれてね、その花束を教室に飾ってくれたの!
 クラスの子たちも前みたいに仲良くしてくれたよ!」
サキちゃんは呼吸を忘れているんじゃないかと思うくらいに喋り続けた。
「そっか…おねえちゃんね、サキちゃんが学校に行ってくれて安心した。
 本当に嬉しいよ」
サキちゃんは満面の笑みを浮かべる。
今までのどの笑顔より、愛らしかった。
「カタヤマさん」
「はい」
母親に呼ばれ、視線をそちらに向ける。
「本当にありがとうございました。
 私も、この子の父親も安堵しております。
 これからもしばらくはこの子を見てやってください」
そう言って頭をふかぶかとさげた。
「もちろんです」
私は快く承諾した。
「では、私はこれで…」
「はい、なんのお構いもしませんで…」
私はドアを開け、玄関を出た。
二、三歩歩き、後ろを振り返って会釈しようとした時だった。
「ナツキおねえちゃん!」
母親と玄関から私を見送っていたサキちゃんが駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「サキ、学校に行ったから…
 でもおねえちゃんのために行ったんじゃないよ?
 サキのために行ったの…だけど…」
「サキちゃん…」
私は軽くため息をついた。
サキちゃんはまたこの前と同じ返事が返ってくると思ったらしく、
しょんぼりした顔をみせた。
私がしゃがんで少女の手をとる。
「サキちゃん…私ね、わかったことがあるの」
「…なあに?」
「私は…アイジマ先生が好き」
少女は目を丸くした。
「本当はね、わかってたの。
 でも今の状態のせいにして、いろんな言い訳をつくって、
 わからないフリしてたんだ。
 サキちゃんに言われて、自分の気持ちに正直になったの」
「それじゃあ…」
「サキちゃん、自分の気持ちに正直になるって大事なこと。
 覚えておいてね」
私はそう言って少女の頭をなで、立ち上がった。
「それじゃあね、おやすみ」
そして私は自分の家へと帰った。

 翌朝、サキちゃんの母親が連絡をくれた。
今日もサキちゃんは無事に学校にいったという。
それで、学校帰りにカウンセリングに行くと、
もとから約束していた時間に間に合わないから少しずらしてほしいということだった。
その日はサキちゃん以外に予定はなかったので、
すんなり変更することができた。
出勤してから、真っ先にチーフに会った。
サキちゃんが学校に行くようになったことを報告するためだ。
「この状態がいつまで維持できるかわかりませんが、
 私もできる限りのことはしていこうと思っています。
 今日は報告までにお知らせしました。
 では、失礼します」
私は頭をさげ、自分のデスクに戻ろうとした。
「カワナカさん」
チーフに呼び止められ、驚きながらも振り返った。
すると、いつもは笑顔をみせない彼女の口もとに、
笑みが浮かんでいた。
思わず目を疑ってしまった。
「長かったわね…でもよくやったわね。
 これもあなたが頑張った成果よ」
意外な言葉だった。
「これからも期待しているわ」
「ありがとうございます…!」
嬉しかった。
やっと自分がカウンセラーとして認められたようで。
これでよかったのかと迷った時期もあった。
でもやっぱりこの仕事をやっていてよかったと、今日ほど思った日はなかった。


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