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食事が終えたあと店をでて、海べりを歩いていた。
足元は木材でできた桟橋のようになっていて、
私たちは手すりによりかかって星空を眺めていた。
海が近いせいか少し寒かったが、
どこかべつの場所に行きたいとは思わなかった。
このままずっと…時間がとまってしまえばよかった。
「あそこの店さ…」
「ん?」
伸びをしながらスバルが言う。
「おいしかったけど、疲れるな…」
私は止まってしまった。
「せっかくナツキと食事だからっていい店予約してたんだけど…
いやぁ失敗だったな」
スバルが背中を手すりにもたれかけ、空を見上げる。
「な…なぁんだ…」
「え?」
私は手すりをつかんで体を少し離す。
「私、すごく緊張してたのよ?
なのにスバルってば平然と食べてるんだもん」
スバルを見て笑った。
「同じだったのね。安心した」
彼はふっと笑って前を見つめた。
「…そういえばさ、相談したいことって何?」
彼の問いかけで、それまで和らいでいた空気がしまる。
こう突然こられては、なんといってきりだしていいのかわからない。
私は困って黙ってしまった。
波が桟橋に打ちつける音だけがする。
まるで、私に早く話せとせきたてるように…。
「スバルも話したいことあるって言ってたじゃない…?」
「…いや、ナツキの方からでいいよ」
私は前を見据えた。
空と海の境がわからなかった。
「…私、ヨウからのプロポーズ…断ったの」
「え…?」
スバルの顔を見なくても、その声から驚いていることはわかった。
「つきあう人に絶対言われることがあってさ…
『他の人を想い続けてる』私の心の中には別の人がいるって。
私、そんなことないって否定し続けたんだけど…」
スバルは黙って聞いてる。
私はだんだん何を言いたいのか、何を言っているのかわからなくなってきた。
頭の中は真っ白で、ほとんど何も考えないまま口だけを頼りに、
自分の思っていることをしゃべり続けた。
ありのままを…。
「でも私、サキちゃんに教えられたんだ…自分の気持ちに正直になるってこと。
あはは、やんなっちゃうよね。どっちがカウンセリング受けてるんだか…」
私はため息まじりに笑った。
「…それで?ナツキの正直な気持ちって?」
息をのんだ。
思考回路はとっくに停止していた。
ある意味、ヨウのプロポーズを断る時以上に恐かった。
私はゆっくりとスバルの方を見る。
彼もまた、私を見る。
二人の間を冷たい風邪が通り過ぎていく。
「私…」
あと少しなのに…少しなのに言えない。
このまま誤魔化して、この場から逃げたい衝動に駆られた。
「私の正直な気持ちは…」
自分だけど、自分じゃない。
無意識の自分が話しているような感覚だった。
私は唇をかみしめ、意を決した。
「私の心は…高校の時からずっと変わらない。
今でも、スバル…あなたのことが好きです」
とうとう…言ってしまった。
過去にふられている相手に、もう一度告白してしまった。
スバルは私の二度目の告白を聞いて…
困ったような、微妙な顔をしていた。
夢の時間は終わり、一気に現実に引き戻された気分だった。
「ご、ごめんね。スバルにはユイナさんっていう婚約者がいるのにね…
こんなこと迷惑だよね。本当にごめん。
じゃ、もう帰るね」
私は言うだけ言い終えてしまうとスバルに背を向け、
その場を離れようとした。
一刻も早く、そこから逃げたかった。
そして、私が三歩くらい歩いた時だった。
「婚約は、解消したよ」
――…え?
私は足を止め、耳を疑った。
今のは、確かにスバルの声だった…。
私は都合よく聞き間違えてしまったのかと、
確認するように彼の方に振り返った。
そこには、スバルだけが立っていた。
「解消って…ユイナさんと…?」
私はスバルに問いかける。
彼は私にゆっくりと近づいていった。
「ああ…あいつと婚約解消した…」
聞き間違えなんかじゃない。
でも、なにがどうなってそうなってしまったんだろう。
私が戸惑っていると、彼がその訳をゆっくりと話し始めた。
「…土曜の誤解を解きに行ったんだ。
けど、どう言ってもわかってもらえなかった。
あいつはうすうす感づいていたんだ…俺の気持ちに」
スバルが、私の額から頬へと手でそっと触れる。
「どうでもよかった…誰と付き合おうと、誰と結婚しようと…
俺が好きになった、たった一人のヒト以外とだったら同じこと。
心から好きにはなれない…無意味なことだった…」
彼の心には、私と同じようにたった一人のヒトしかいない。
私のいない間に、彼はそういう人と出会ってしまった。
スバルは私の目を見ながら続ける。
「何度も…何度も何度も後悔した。
自分だけが傷ついたと思い込んで、自分のことしか考えられなかったこと。
それで、相手を傷つけてしまったことも…」
スバルは私を抱きしめた。
そして耳元でささやく。
「あれから、連絡しようと思った。でも、できなかった…
また会えて、本当に嬉しかった…」
お互いの顔が見える程度に体を離す。
彼をこんな間近でみるのは初めてだった。
「俺も…ナツキが好きだ」
言われていることが、すんなりと頭に入ってこなかった。
それでも、自然と涙が頬をつたう。
頭より先に、心が彼の言葉を実感した。
「私も」という言葉を遮って、彼が私にキスをする。
一度目は軽く。
二度目は長い、長いキスだった。
お互いの体温を確かめ合うように…存在を確かめ合うように、
強く抱きしめあった。
それから私たちは、スバルの家で一夜を過ごした。
翌朝、いつもと違うベットの中で目が覚める。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
すがすがしい日曜の始まりだった。
枕もとの時計を見ると7時だった。
隣を見ると、まだやすらかに眠っているスバルがいた。
信じられなかった…昨夜のことは夢だと思うくらい都合がよすぎた。
私は彼に好きだと言い、
彼は婚約を解消して、私を好きだと言ってくれた。
なんて都合がいいのだろう。
でもこれが夢じゃないって…現実だって、
スバルのぬくもりの中で感じることができた。
私は彼を起こさないようにベットから起きて、服を身につけ、
部屋を出た。
簡単な朝食をテーブルに用意してから、私はスバルの家を出た。
外にでると、何もかもが新鮮に感じられ、
新しい自分になれた気がした。
朝日が昇ったばかりで、空が澄んでいて、
心までも澄みきっていくような気分だった。
全てがくっきりとこの目に映る。
もう、なんにも恐くない…。