if…


 私は自分の家に帰ってからシャワーを浴び、
そしてパンをつまんだ。
なんだか胸がいっぱいで、しっかりと朝食を食べる気にはなれなかった。
お昼近くになって着替えてから、再び家をでた。
そしてヨウの家へと向かった。
突然訪ねていったので、彼は驚いていた。
「中に入るか?」
「ううん…ここでいい」
ドアを閉めて、玄関で話し始めた。
スバルとのことを話した。
「ごめんなさい…だから、やっぱりこれはお返しします」
そう言って、私は白い小箱をヨウに返した。
彼は何も言わないまま受け取らなかったので、
横にあった棚の上に置いた。
「本当にごめんなさい…あなたには何と言っていいのか…」
ヨウは壁にひじをついて、腕で顔を覆った。
「なんだよ…やっぱり両思いだったってわけか…
 俺の入る隙間は最初からなかったってわけか…」
否定できなかった。
「あいつには婚約者がいるから、ナツキのことは受け入れないだろう…って。
 ナツキが戻ってくるって期待してた…」
彼がつぶやく。
私はそれに対してなにも言えなかった。
「…これ、あなたが置きっぱなしにしていたスーツ。
 あとこまごましたものは今度持ってくるね…」
「そんなもん…捨ててくれよ…」
ヨウはまだ顔を覆ったまま、私を見ようとしない。
仕方なく、スーツの入った袋を彼の足もとに置き、
ドアを開けて家を出ようとした。
「ナツキ」
私はドアノブを握ったまま振り向く。
ヨウが顔をあげていた。
泣きそうな笑顔をしていた。
「…幸せにな…」
彼の精一杯なその一言で、胸が切なくなった。
「ありがとう…」
彼の言葉を無駄にしないよう、私も笑顔で応えた。
ドアを閉め、ヨウの部屋から離れる。
泣きたかった…でも、必死で堪えた。
それでも、目頭のあたりがじーんとして、
にじむ涙を止めることはできなかった。

 頭にもやがかかったまま、私はスーパーで夕飯の買い出しをして、
再びスバルの家に戻った。
「どこに行ってたんだよ?」
朝、何も言わずに出て行ってしまったので、彼は当然心配していた。
「起きたらおまえの姿が見えないし…
 今、携帯に電話しようと思ってたところだ」
私が「ごめんなさい」と謝ったのは、
スバルが抱きしめてきたことでかき消されてしまった。
「あんまり、心配させるな」
「…はい」
昨夜のことが現実のことなのか、
現在も進行されているかどうか不安なのは、
私だけじゃないのかもしれない。
抱きしめあってしばらくしてから、
スバルが足もとにあるものに気がついた。
「なんだ?コレ?」
「あぁ…夕食の材料」
そう聞きながら彼は二つの袋をキッチンへと運んでくれ、
私は靴を脱いで、後を追うように家にあがった。
袋から材料を出しながら私はいった。
「それにしても意外だったなぁ」
「何が?」
「おじいさんや家族と一緒に暮らしてるのかと思ってたんだけど、
 一人暮らしだったとはね…」
「祖父は一人が好きだから。
 それに、いくら病院継ぐからって家に残ってる必要もないし。
 ところで…」
「何?」
「今夜のご飯は何?材料からすると…」
「ハヤシライスとサラダなど…」
スバルが笑う。
「などってなんだよ?などって…」
「あと何がいいかなって思って」
「いや、あんまりお腹減ってないからそれだけでいいよ」
そうして、二人で夕食の準備をした。

 食べ終わって食器類を片付けてから、
ソファーに座りながら二人でお酒を飲んでいた。
「今日ね…ヨウの家に行ってきたの」
「え!?おまえ…」
スバルが慌てて勘違いをしたようだったので、
私はすぐに否定した。
「違う違う。あなたとのこと話してきたの」
「そっか…」
私はグラスに入ったお酒を一口飲んだ。
「彼のこと、傷つけてしまったわ…」
隣に座るスバルは何も言わずに私の肩にそっと手を置き、
自分の方に引き寄せる。
彼が小さくため息をつくのがわかった。
「それだったら俺だって…あいつのこと傷つけた…」
私は彼に寄りかかり、身を任せた。
「大丈夫だった…?おじいさんたち…」
「…怒るっていうより、がっかりしてたかな。
 でも二人で決めたことならって…。
 結婚ばかりは当人同士のことだから仕方ないって」
「…そう」
お互いに罪悪感が心の根として残ってしまうかもしれない。
いや、後悔や罪悪感なんてものはとっくに…。
私たちがいつも選ぶ道は、誰かしらが傷ついている。
ただ…ただ幸せになりたいだけなのに…。
私は彼の顔を見ようとしたが、彼に抱かれ、
体勢を固定されていたので目しか動かすことができなかった。
その動きに気づいて彼が腕を少し緩める。
私たちはまた、お互いの唇を重ねた。
確かにいろいろ考えると不安で、落ち込んでしまう。
でも、彼がそばにいればそんなものは一気に吹き飛んでしまう。
彼のことだけしか考えられなくなる…。
「…私、もう帰らなくちゃ」
時計はそろそろ11時を指そうとしていた。
ずっとここにいたい気持ちを抑えながら、
彼からゆっくりと体を離す。
「え?今夜も泊まっていけばいいじゃん」
そう言って引き止められると、決心が鈍る。
「そうしていのはやまやまだけど…
 明日仕事なのよ。何にも持ってきてないし」
その言葉に彼は悲しげな顔をする。
そんな顔をされると本気で帰りたくなくなってしまう…。
自分から離れたぬくもりに、
今度は私の方からそっと包まれる。
「俺も医者の身で、どうしても時間が不規則になってしまう…
 ナツキと会いたい時に会えない…」
「仕方ないわ…お互いに望んだ仕事なんだし…」
すると、手に何か渡された。
見ると鍵だった。
思わず彼の顔を見る。
少し照れくさそうにしながら彼は言う。
「俺の家の合鍵。
 一緒に暮らさないか?…と言いたいところだけど、
 そんなに急には無理だろうし…だから、自由に出入りしていいから」
私はスバルに勢いよく抱きついた。
「嬉しい…!ありがとう」
私たちは別れを惜しむようにもう一度キスをし、
私は胸いっぱいの気持ちで家に帰った。

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