if…
 

 翌朝、私が出勤するとちょうど私に電話がかかってきた。
「カタヤマさん、カワナカさんからお電話です」
「あ…はい、どうも」
こちらから例の件で電話しようとしていたので、タイミングが良いと思ったのだが、
なにかあったのでは…?と胸騒ぎがした。
「もしもし、お電話かわりました。カタヤマです」
「カタヤマさん?ああ…よかった…そちらが開くくらいにすぐお電話をかけたのですが…
 本当にいらしてよかった…」
母親の声に落ち着きがなかった。
「あの…なにか?」
「え、ええ。実はサキが…病院へ運ばれたんです」
私は事情を聞き、サキちゃんが入院している病院へ急いで向かった。
――…昨夜も起きだして、歩きまわってたみたいなんです。
 大きな音がしたので、行ってみるとサキが倒れていて…
 どうやら階段から落ちたみたいなんです。
 頭から血を流していたので、救急車を呼びました。
 大事にはいたらないそうなんですが、しばらく入院ということに――…
病院に向かう途中、私の頭の中では母親の話が何度も繰り返し流れていた。
大事にはいたらない…でもこの目でサキちゃんを見るまで、
私は不安でしょうがなかった。

 私はサキちゃんのいる203号室の前に立った。
息を整えてからノックをし、中に入った。
すると中には6つのベットがあり、そのうち3つに人がいた。
一番窓際のベットにサキちゃんが眠り、その横に母親がいた。
「カタヤマさん…!」
「おはようございます…あの、サキちゃんは…」
「朝方近くに病院に運ばれて、頭を4針縫ったんです。
 その時の麻酔がまだ効いているらしく、眠ったままです」
「そ…ですか」
サキちゃんを見ると、頭に包帯が巻かれていた。
「私がもっと注意していれば…!」
母親は頭を手で覆った。
「そんな…あまり気を落とさないでください。
 お母さんがしっかりしないと、サキちゃんも不安になります」
私は母親の肩にそっと手をおいた。
「そうね…そうよね」
母親は自分に言い聞かせるようにいった。
母親が落ちつきをとり戻した頃、サキちゃんが目を覚ました。
「あ…れ?ママ?ナツキおねえちゃん?」
「サキ、大丈夫?」
「おはよう、サキちゃん」
少女には状況が全くわかっていなかった。
それはそうだろう…夢遊病状態からそのまま気を失い、病院に運ばれ、
麻酔をうたれ手術していたのだから。
「ここ…病院?なにこの頭の包帯…?」
「駄目よ?その包帯をとったら」
「…?わかった」
サキちゃんに話すべきなんだろうか…夢遊病のことを…。
でもこんな幼い子に話したところで、一体どこまで理解できるのだろうか。
小さい少女の中で事実を認識し、受けとめられることは可能なのだろうか。
サキちゃんと母親のやりとりを眺めながら、いろいろ考えている時だった。
「おはよう、サキちゃん。頭は痛まないかな?」
後ろから男性の声が聞こえた。
「あ…先生、おはようございます」
白衣を着た黒髪の男性…
「カタヤマさん、こちらはサキの手術にあたってくださった先生です」
そう母親が紹介した瞬間、彼は私に気がついた。
「先生、こちらが話しましたサキのカウンセリングの方です」
まって…私、知ってる…
「あ、この方が…伺っております。
 はじめまして。わたくし、カワナカ サキちゃんの担当医のアイジマ スバルです」
彼の目と私の目がそこではじめてあった。
私は目を見開いた。
まさか…同姓同名…?そんな…
彼も私と同じように驚いた表情をしていた。
やっぱり――…
「…ナ…ナツキ…?」
彼が私の名前を口にした時、私の中で何かが音をたてた。
私は乾いた喉の奥から、ずっと口にしていなかったその名前を発した。
「…スバル」
一瞬、時が止まった。
「カタヤマ…ナツキ…本当に、ナツキなのか!?」
止まっていた空気がやわらいでいった。
「何年ぶりだろうな…」
止まっていた時が…動きだした。
「スバル…本当にあなたなの?」
「まるで夢みたいだな…」
そう微笑んだ彼と、私の知っていた彼の微笑みとが重なり合った。
私の中の彼と目の前にいる彼とが一致した。
「…あ、あの…」
サキちゃんの母親がわけのわからないといった感じで声をかけてきた。
「あ…いや、失礼しました。
 彼女は高校の同級生で、卒業して以来会ってなかったんですよ。
 何年ぶりの再会ってかんじで」
「そうだったんですか…すごい偶然ですね」
「まったくです」
彼と母親のやりとりを、私は意識の遠くで聞いていた。
――…卒業して以来会っていなかったんですよ――…
会えるわけなかった…。
あんな別れ方をして…
――…人とはつきあいたくないって気持ちが以前より強くなった。
 今、ナツキのことは好きだとか嫌いだとか、そんなの全く何も考えられないんだ――…
これが、彼からの最後の言葉だった。
私はその言葉を胸に、暗い春を過ごしていた。
考えるだけ考えて、そして…忘れよう。
大学生活が始まり、新しいことばかりに目を奪われ、
そのうちに高校時代のことをあまり考えなくなるようになった。
でも、決して心から消えることはなかった。
ユウユ、カツそして…心から好きだったスバルのことを。
卒業して誰とも連絡をとらず、それぞれの道を歩んでいった。
それなのに今、こんなカタチでまた彼と再会してしまうなんて…
誰が想像しえただろう。

 「元気だった?」
スバルと私は病院の中庭を少し歩くことにした。
「ええ…スバルは?」
「ああ、なんとかやってるよ」
久しぶりで、何を話していいのかわからなかった。
「今はインターンも終えて、見たとおりの医者さ」
「そか…スバルは医者になりたいっていってたよね…」
「…覚えててくれたんだ」
ちょっと驚いた顔つきをした後、ふっと笑顔をみせた。
少しふいうちだったので動揺した。
それを感づかれないように、平静を装って会話を続けた。
「…小児科なの?」
「いや、普段は専門じゃないけど…みることはできるよ。
 昨夜の夜勤で他の小児科の医者に手術が入って、
 外科が俺しかいなかったからたまたま」
「そっか…」
そんな偶然もあるもんなんだな…
「ナツキこそ…」
「え?」
「なれたんだな…心理カウンセラーに」
「…うん」
彼も私がなりたかったものを覚えていてくれた。
「でも本当に驚いたなぁ。
 俺が手術を担当した子をナツキがカウンセリングしてたなんてな…」
「私も驚いたよ」
本当に…本当に驚いた。
私の人生で、もう二度とスバルには会えないと思っていたから。
歩いている二人を沈黙が包んだ。
何を話せばいいのかわからなかった。
たぶん、それは彼も同じであろう。
あんな別れ方をして、もう二度と会わないだろうと思った相手に偶然出会ってしまった…。
あたりさわりのない話をしようにも、できなかった。
一言口を開いてしまえばきっと、過去が戻ってくる。
重い沈黙を破ったのはスバルだった。
「…あのサキって子…どうなの?カウンセリングを受けてるって…」
「え、ええ。ある日突然登校拒否になってね、私のところにきたの。
 状態は改善されたかと思っていたんだけど、最近夢遊病になってしまって…
 今回のケガはそれが原因」
「…そっか。
 骨には異常はなかったけど、頭を切って縫ってるからな。
 脳波の検査とかでしばらく入院すると思うけど…」
「それじゃあお見舞いにくるわ。サキちゃんのこと心配だし」
「そうした方が彼女も喜ぶと思うよ…じゃあまたナツキには会うかもな」
「そうね」
二人の足はいつの間にか止まっていた。
そしてお互いを見つめあい、時が止まっていた…いや、
時をさかのぼっていたのかもしれなかった。
あの頃に…
今、私の目の前にいるスバルは、
優しかった頃の…あたたかい目をしていた彼だった。
「…ナツキ…あのさ」
そうスバルが言いかけた時だった。
「――…アイジマ先生、至急ナースセンターまでお願いします。
 繰り返します――…」
病院の放送がかかった。
「あ…と、呼び出しだ。悪いな、戻るわ」
「う…うん」
「じゃ、また今度」
スバルは足を病棟の方に向け、歩きだした。
私の足は地面に張りついたまま、そこから動きだすことができなかった。
だんだん小さくなる彼の後ろ姿を、私はじっと見つめていた。
「…何を、言いかけたの?」
私は誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやいた。
いや、実際には声に発してはいなかったのかもしれない…
そのことがわからないくらい意識は遠くにあった。
彼は何か言いかけたまま、私の前から立ち去った。
私の心に疑問を残したまま。

 ねぇ、私、また思い出しそう。
でもね、気づかないままでいるの。
だって私が生きる道に彼がいちゃいけないんだもの。
きっと彼の道にも…
彼は一度消えた人。
もうよみがえることはない。よみがえらせてはいけない。
それでも、静かに、ゆっくりと、私の心の中はざわつきはじめる。


back    next



SEO [PR]  激安 温泉 アルバイト 無料レンタルサーバー ブログ SEO