if…
「ナツキは将来何になるの?」
あれは高校時代、スバルと二人で帰っていた時のことだった。
「え…と、私は心理カウンセラーになれたらいいなって思ってるんだ。
人の気持ちについて考えてみたいし、
落ち込んでる人や心に影がある人の助けとなりたい」
私はスバルの問いにそう答えた。
「そか…ナツキならきっとなれるよ」
「ありがとう…スバルは?何かあるの?」
「ああ…医者になりたいんだ」
「医者!?…すっごいね」
彼の言葉に驚いたのを覚えてる。
「俺の家って実は病院でさ…っていっても、
祖父が院長やってて、まぁ長男の親父は継がなかったんだけど…。
だから代々受け継がれてるワケじゃないんだ」
「で?お父さんの分までスバルに期待がかかってるわけ?」
「あー…いや、そうでもないんだ。
祖父は“おまえの自由にしたらいい”っていってるし」
「そうなんだ」
「でも、俺は医者に進みたいと思ってる。
この手で、人の命を救う仕事がしたいんだ」
そう話してくれたスバルの横顔が、ひどく大人びてみえた。
「救いたいって気持ちはナツキと同じだな」
「え…?」
「ナツキは心を。俺は命を…」
「そうだね」
私は微笑んだ。
「お互いにがんばろうな」
「うん」
こうして二人の夢を語ったのが遠い昔にも思えたし、
近い過去にも感じられた…。
どちらにしても、確実に時は経っていた。
そして今、あの日語っていた道をお互いに歩んでいる。
次の日の午後、私はサキちゃんのお見舞いにいった。
片手に花束と、私の手作りクッキーを持って。
コンコン
病室のドアをノックし、ゆっくりとドアを開けた。
中に足を踏み入れ、他の患者さんに会釈をした。
「ナツキおねえちゃん!」
こちらが少し恥ずかしがるくらいの明るい声が、奥のベットから聞こえた。
「こんにちは、サキちゃん」
サキちゃんのベットに近づくと、いつもいるはずの母親の姿がなかった。
「お母さんは?」
「うーんと、お家に帰ってサキのもの取ってくるって…あ。
キレーなお花!」
サキちゃんは私が手にしていた花束に目を輝かせた。
「気に入ってくれたかしら?
サキちゃんのお見舞いにってもってきたんだけど…」
「わー!どうもありがとう」
色鮮やかな花々を見て、無邪気にはしゃぐ少女がかわいらしかった。
と、ふと少女の顔がくもった。
花だけに焦点をあわせ、意識はどこかに飛んでいってしまったような。
「サキ…ちゃん?」
私がそっと声をかけると、少女はびくっと異様な反応を見せた。
「あ…」
サキちゃんは我に返り、そしてどうしていいのかわからないまま、
何かに怯えているようだった。
私は少女の頭を優しくなで、少女が安心するような笑顔をむけた。
「じゃ、これ花瓶にいれるね。
水をいれてくるから…そうだ、クッキー焼いてきたの。
食べながらちょっと待っててね?」
そういってクッキーの包みを少女の手にそっと置いた。
「…うん」
少女は静かに答え、ぎこちなくうなずいた。
病室近くの給湯室で花の入った花瓶に水をいれ、
やや急ぎ足でサキちゃんのいる病室に戻った。
ドアが開けっ放しになっていたのでそのまま入ろうとしたら、
中にスバルがいるのが見えた。
他の患者さんは誰一人としておらず、サキちゃんとスバルが二人きりでいた。
私はなぜか反射的にドアに隠れてしまった。
「おいしそうなもの食べてるね、サキちゃん」
「えへへー。これナツキおねえちゃんが作ってきてくれたの」
二人のやりとりが、病室の外にいても耳に入ってきた。
「サキね、ナツキおねえちゃんの作るお菓子大好きなんだー。
先生にも…ハイッ」
「…ありがとう」
スバルが、私の作ったものを食べている。
「先生はナツキおねえちゃんと知り合いなんだね」
「そうだよ…高校が同じだったんだ」
「へぇー、そうなんだ」
明るい会話が、私の胸をさしていた。
「サキちゃんはナツキが好きなんだね」
「うん!サキはおねえちゃんがだーい好き!
先生は?ナツキおねえちゃんのこと、好き?」
サキちゃんの一言に、私の心臓が飛び出た。
気がつくと、私は手に持っていた花瓶をぎゅっと握りしめていた。
「…ああ。俺も、ナツキが好きだよ」
スバルの答えに、鼓動が速くなったのを感じた。
胸のあたりが重く締めつけられた。
周囲の音がだんだん遠くなり、
私は花瓶を持ったまま力の入らない足でふらふらと病室を離れた。
――…ナツキが好きだよ――…
その言葉に他意はない。
単にサキちゃんに好きかと聞かれて好きと答えただけ。
あんなの、食べ物の好き嫌いを聞くのと同じだわ。
そう、頭では理解してるのに…
たった一言でこんなにも動揺してしまっている私…
私…まさか、まだ――…
その瞬間だった。
「きゃ!?」
私の最後の一言を遮るかのように衝撃とともに声が飛んできた。
いつの間にか私は病室から少し離れた所までやってきてしまった。
そして、角のつきあたりで曲がってきた人とぶつかってしまったのだ。
たいした衝撃ではなかったが、
力の抜けたままの私はよろめいて横の壁に軽く叩きつけられた。
私とぶつかった人間は、二、三歩下がって踏みとどまっていた。
「ごめんなさい!大丈夫でした?」
あきらかに悪いのはぼーっとしていた私なのに、相手に謝られてしまった。
顔を上げると、目の前に立っていたのは私と同い歳くらいの女性だった。
髪を後ろに一つに束ね、横からでている少量の髪をヘアピンでとめていた。
背は私より少し高いくらいだったが、背が高くみえるくらいすらっとしていた。
色白で、目はぱっちりとしていて、とてもしっかりしている印象を受けた。
よく見ると白衣を羽織っていた。
おそらくこの病院の医者なのであろう。
「大丈夫ですか?」
その女性の一言にはっとした。
彼女を観察していた私は、うっかり言葉を失っていた。
「あ…こっちこそすみません。大丈夫でした?」
私は慌てて彼女に謝った。
「いいえ。私の方こそ考え事をしていたものだから…って、あら?
あなた、なんだか顔色が悪いわ」
「え…?」
「花瓶を持っているところをみるとあなた、患者さんじゃないわね?
どこかで少し休んだ方がいいわね」
「いえ、大丈夫です」
「何言ってるの!お見舞いに病院に来てるのに、ここで倒れちゃ元も子もないでしょ!
こっちにいらっしゃい」
「あ、あの…」
その女性は、私の言葉に耳をかさず、やや強引に私の手をひいた。