if…
 

 その週の金曜日。サキちゃんは退院することになった。
検査の結果、どこにも異常はみられなかった。
サキちゃんは母親に手をひかれ、病院を後にしようとしていた。
少女を見送ろうとスバルはロビーまでつきそい、
私は花を持って少女を迎えに来た。
「サキちゃん、退院おめでとう」
「ありがとう、ナツキおねえちゃん」
サキちゃんは私から花束を笑顔で受け取った。
「先生、本当にお世話になりました。ほら、
 サキもご挨拶して」
母親に言われ、サキちゃんはスバルの前に一歩歩み寄った。
「退院おめでとう、サキちゃん」
スバルが少しかがみながら笑顔で言う。
「先生、お世話になりました」
サキちゃんはぺこりとおじぎし、
そして背伸びをしてスバルの耳に何か呟いた。
スバルは少女の言ったことを聞いて笑顔になった。
「ああ、もちろん覚えているよ。遊園地に行く約束だろ?
 先生は来週の土曜がお休みだからその日でいいかな?」
「うん!」
その二人のやりとりに、母親がわけがわからないといった感じで話にはいってきた。
「あ…あの、先生…?」
「あ、失礼いたしました。
 サキちゃんと約束していたんですよ。退院したら遊園地に行くって…
 そういうわけで来週の土曜日、よろしでしょうか?」
「そ、そんなご迷惑じゃ…サキったらそんな約束を勝手に…!」
「いいんですよ。こちらこそ勝手なこと言って申し訳ありません。
 サキちゃんは私とナツキで責任をもってお預かりいたします。
 ご承諾いただけませんでしょうか?」
スバルの誠実な態度に、母親も仕方なくうなずいた。
「わかりました。よろしくお願いいたします」
サキちゃんの母親がふかぶかと頭をさげた。
と同時に、スバルも頭をさげた。
その光景はまるで、娘を嫁に嫁がせる場面のようだった。
こうして私たちは病院をあとにした。
病院をでてから私はふと足を止め、振り返った。
やや冷たい風が私の前を通りすぎていった。
自分の顔がくもったのが、鏡をみなくても感じることができた。
何を考えるワケではない。
スバルとの再会…この言葉が、その情景が脳裏をかすめる度に、
私の胸を切なくさせた。
そしてまた、あなたのいない生活に戻るのかと思うと…
私はそれ以上言葉にしなかった。
気持ちは気持ちのまま…言葉で具体化なんてしない。
私には進むべき道がある。
病院に背を向け、私はサキちゃんと母親のあとを再び歩いた。

 不安と緊張の中、日曜日となってしまった。
私が待ち合わせの駅に着くと、ヨウがいた。
彼の様子はいたって普通で、なんの変化もなかった。
私は彼を見てやや安心しつつも、それは完全ではなく、
どこかで不安をぬぐいきれなかった。
挨拶した以外にとくに会話もなく、
お互いに隣に立ったまま、スバルとユイナさんが来るのを待った。
「ごめんねー。待った?」
しばらくして、ユイナさんが手を振りながら小走りでこちらに向かってきた。
その後ろにはスバルがいた。
「いいえ、今さっき来たところです」
私は笑顔で答えた。
ユイナさんは私の隣に立っていたヨウをじっと見た。
「こちらがナツキの彼氏さん…?」
「あ、はい。フジサキ ヨウさんです」
私が慌てて紹介した。
「初めまして、シマカワ ユイナです。
 今日は突然お呼びだてしてすみません」
ユイナさんは笑顔でヨウに挨拶をした。
「いいえ、こちらこそよろしく」
ヨウも笑顔でかえした。
「それからこっちは…」
ユイナさんが少し後から来たスバルをヨウに紹介しようとした時だった。
「以前、お会いしたことあります。
 ナツキのカウンセリングしている子の担当医で、
 確か名前はアイジマ先生…でしたよね?」
ヨウがユイナさんの言葉を遮り、スバルの顔を見た。
「ええ、覚えていただけて光栄です、フジサキさん」
スバルがヨウの顔を見て笑顔でいった。
その笑顔がどことなく冷ややかに感じたのは、私だけであったのだろうか…?
「こちらこそ光栄です」
スバルの笑顔にこたえたヨウも、
あたたかみの感じられる笑顔ではないようにとらえることができた。
ちょっとした緊張感がその場をはしった。
やっぱりこの二人は、直接会わせてはいけなかったのだろうか?
でも、なぜ?
この二人はなぜこんなにも反発しあうのだろう。
そんな疑問が私の中で繰り返しなげかれていた。
ユイナさんの顔を見ると、なにか察したような顔をしていた。
厳しい顔つきをしていたかのように見えたが、
それは気のせいだったかと思わせるくらい一瞬だった。
「お互いも紹介しあったことだし、さ、行きましょう」
ユイナさんは曇った空を吹き飛ばすような明るい声でいった。
私たち四人は街中へと足をはこんだ。
私とヨウが歩く前を、スバルとユイナさんが歩いていた。
二人は普段とは雰囲気が違っていた。
ユイナさんはいつも結わいていた真っ直ぐなさらさらの髪をたらしていた。
なにより、二人が白衣姿ではないというのが一番大きいだろう…。
私服を着ていると、医者仲間から恋人同士に見方を変化させる。
目の前にいる二人が恋人同士だと、婚約者なのだと、
改めて実感させられた。
その瞬間、胸のあたりが重くなった。
その感覚がなんなのかは、自分ではわからなかった。

 「やったー!ストライク!!」
ユイナさんは私たち三人と順々に手を叩いていった。
四人はボーリング場に来て楽しんでいた。
現在のトップはスバル。
そしてそれに張り合うように、数本差でヨウがあとを追っていた。
ユイナさんもちゃくちゃくとスコアを上げている。
それに対して私は…ガーターばかりだしていた。
ボーリングがすごい苦手なわけではないが、そんなに得意ではない私は、
いつも以上に最悪なスコアを打ち出していた。
ユイナさんがストライクをだしたあとに順番が私にまわってきて、
とても投げづらかった。
「頑張れ、ナツキ」
ヨウに励まされたが、苦笑いするしかなかった。
私はボールを持ってレーンに立ち、投げる体勢をとった。
私が放ったボールはレーンの真ん中を転がり、
そしてピンがある手前で綺麗な弧を描いてカーブした。
左側のピンが二、三本倒れただけだった。
「また、だめだった…」
今日は左へのカーブがよくきく日だった。
さっきからこんな調子で、数本倒すか、ガーター行きのどちらかだった。
私がすごすごと戻り、ボールがくるのを待っているとスバルが声をかけてきた。
「ナツキは左にカーブするクセがあるみたいだから、
 右端から投げてみては?」
「え?」
「見ててそう思ったんだけど…余計なことだったかな?
 気を落とさず二投目頑張れ」
スバルはにっこり笑った。
私もその笑顔に答えるように笑った。
ボールを持ち、再びレーンに立った。
二投目。
スバルに言われたとおり、右端からボールを投げた。
するとピン手前でやはり左カーブし、いい具合に真ん中にいった。
ピンがみごとに全部倒れた。
「やった!スペアだよー!!」
私ははしゃぎながら席に戻った。
「やったな、ナツキ!」
ヨウと手を叩いた。
「よかったねーナツキ!」
ユイナさんとも手を叩いた。
次にスバルと手を叩こうとして、一瞬止まってしまった。
どこかに躊躇する気持ちがあったのかもしれない。
私がぴたりと動きを止めてしまったので、
やや妙な空気が流れてしまった。
どうしよう…とその場で固まっていると、スバルが両手を私の前に差し出していった。
「本日初スペア、おめでと」
スバルがふっと笑顔を見せた。
私は彼の両手を軽く叩いて「ありがとう」といった。
それからもう1ゲームやってから、私たちはボーリングを終了した。
結局、スバルが数本差でヨウから逃げ切った。
お会計をすませ、もらったスコア表をそれぞれ見ながら歩いていた。
すると、ユイナさんが私の腕を引っ張った。
「ねぇナツキ、隣にバッティングセンターがあるよ!
 私、一度やってみたかったんだよねー」
そう言って、彼女は私の腕をつかんだままどんどん歩いていき、
ヨウとスバルが無言のまま私たち二人のあとについてきた。
「私やってくるね。ナツキも行こう!」
「私?私は…いいです」
「えー…やらないの?」
ユイナさんは不満そうな顔をしたが、それ以上私を無理に誘うことはしなかった。
「んじゃあ、スバルとフジサキさんは?」
「俺はやるよ」
ヨウは得意気にいった。
「…俺は遠慮しておく」
スバルはぽつりといった。
「スバルったらやらないの?んもう…じゃあいいよ、二人でやってくるから。
 その辺のベンチに座って待ってて。
 行きましょ、フジサキさん」
ユイナさんはさっさと行ってしまい、
ヨウはこちらを少し気にしながらも彼女のあとを追った。
「あっちで二人を見ながら座ってるか」
スバルは私にそう言って、向こうにあったベンチの方にいった。
ユイナさんとヨウが楽しそうにバッティングしているのを見ながら、
スバルと私は黙ってベンチに座っていた。
その時、私は頭が真っ白だった。
特に話す内容も思いつかなかったし、何を話していいのかわからなかった。
自分の中の体温が上がっているのと、
鼓動の速さが増すのをただ感じているだけだった。
この感じって…
「今日はごめんな」
スバルが突然話しかけてきたので、考えていたことが吹っ飛んだ。
「え…なにが?」
「あいつが変なこともちかけてさ」
スバルが申し訳なさそうな顔をしていた。
「ううん。いいよ、そんなこと。スバルが謝ることじゃないし。
 それに、こうやって四人で出かけるのってなんか楽しくない?」
「…そうか?ナツキたちの邪魔なんじゃ…」
「それを言うなら私たちだってそっちの邪魔してるんじゃない?」
「いや、俺たちの方はべつに…」
スバルが私から視線をそらし、言葉をにごした。
そこで、疑問になってしまった。
実際、スバルとユイナさんはどうなんだろ?
そりゃあ婚約してるわけだし、もちろんうまくいってるんだろうけど…
どことなく、お互いが噛み合ってない部分がある気がする…
でもそれはただの思い過ごし?
むしろ、私自身が二人の間に立ち入れる立場の人間ではない。
そんなのわかってる。
わかってるのに、どうしても気になってしまう。
「あの…スバルとユイナさんって…」
「あーおもしろかったぁ」
私がスバルに話しかけようとした時、ユイナさんとヨウが戻ってきた。
「ナツキもやればよかったのに」
ユイナさんが満足くそうな顔をしていった。
「いえ…私はあーゆーのはちょっと…」
よかった…というかなんというか。
とにかくいいところで戻ってきてくれた。
もう少しでスバルに余計なことを聞くところだった。
もし最後まで言っていたら、大きなお世話をやくところだ。
私は自制心を取り戻し、胸をなで下ろした。
「じゃあ、お腹もへったし、夕食に行かない?」
気がつくともう6時近くになっていた。
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