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当日の土曜日の朝。
この日に遊園地に行くと決まった時から有給はとっておいた。
家の外にでると、もう冬の季節にもさしかかっているいるにもかかわらず、
太陽がぽかぽかと照りつけていたので、暖かく感じた。
行楽日和だった。
私はサキちゃんの家に向かった。
スバルとの待ち合わせ場所に行く前に、
私がサキちゃんを迎えにいくことになっていたからだ。
うちからサキちゃんの家までは、4駅電車に乗る。
仕事の一つ手前の駅で、スバルのいる病院がある駅でもあった。
スバルが待ち合わせに指定したのもここの駅だ。
9時15分を少し過ぎたところで、私はそこに着いた。
駅からサキちゃんの家までは、歩いて15分弱のところにある。
私は歩き慣れた道を足軽に歩いた。
サキちゃんの家に着き、チャイムを鳴らした。
家の中から「はーい」と答える声が聞こえ、
「ナツキおねえちゃんだ!」という声とともに、
バタバタとこちらに向かってくる足音が聞こえた。
「あ、こら。待ちなさい!サキ!」と聞こえるのと同時に玄関のドアが開いた。
ドアを開けたのはサキちゃんだった。
「おはよう!ナツキおねえちゃん」
サキちゃんがしがみついてきた。
「おはよう、サキちゃん」
「こら、サキ。いきなり失礼でしょ?すみません、カタヤマさん」
あとから小走りで母親がでてきた。
「いえ、いいんですよ」
「この子ったら今週ずっと今日のことばかりで…
ご迷惑をかけてしまうと思いますが、よろしくお願いします」
母親がふかぶかと頭をさげた。
「はい、お預かりします」
私も頭をさげた。
母親は片手に持っていた小さなリュックをサキちゃんの腕に通しながら、
「あまり迷惑かけちゃダメよ?」と、言い聞かせていた。
「わかってるよー。何回も聞いた」そうサキちゃんは、ややうんざり気に答えていた。
リュックをしょい、身なりを整えてから「いってきます」とサキちゃんは言った。
「気をつけていってらっしゃい。アイジマ先生によろしくね」
私は会釈をして、サキちゃんの手を取り歩きだした。
母親はしばらく私たちを見送っていた。
心配そうに見つめながら…当の本人はそんなことを気にせず、
満面の笑みでスキップしていた。
「先生もういるかなー?」
「うーん…どうだろうね?」
そんな会話を駅に行くまでの間、交わし続けた。
駅が近づくにつれて、なんだか息苦しくなった。
胸の奥が締めつけられる感じがして…
なぜこんな状態になるのかは、理由はわかっていた。
でもそれをはっきり言葉にすることや、明確にするようなことはしなかった。
認識してはいけないことだし、意識してはいけないことだから。
「あ、アイジマ先生だ!」
サキちゃんの声にドキッとする。
駅についてスバルを見つけると、サキちゃんは私から手を離し、
一目散に駆けだした。
「待って、サキちゃん!」
「先生!!」
サキちゃんはスバルに飛びついた。
「わっ!サキちゃん!?」
突然のことに、スバルは驚いた様子を見せた。
サキちゃんが体を離すと、スバルは少しかがんで「おはよう、サキちゃん」といった。
「おはようございます、先生」
私は少し遅れて二人のもとについた。
「おはよう、ナツキ」
スバルが体を起こしていった。
「お、おはよう」
私が挨拶し返すと、スバルはにっこりと笑った。
それからサキちゃんの手をとり、「さ、行こうか」といった。
三人は改札を通り抜け、ここから7駅先にある遊園地に向かった。
「きゃー!先生!まわしすぎー!!」
「えー?そんなことないって!」
「スバル!目がまわるってばー」
三人はカーブの多いレールの上を回りながら、落ちたりする乗り物に乗っていた。
真ん中にある回転を調節できるハンドルをスバルが回しまくっていた。
サキちゃんと私は騒ぎながら、笑い続けていた。
「おもしろかったー!」
目をまわし、よろよろになったサキちゃんと私の一方で、
スバルは気持ち良さそうに伸びをした。
あれだけ回転してたのにすがすがしそうにしている彼は、
きっと素晴らしい平衡感覚の持ち主なのであろう…。
「あれー?スバルってば、全然平気そうじゃない?」
「うん、なんかそうみたい」
「成長したのね」
スバルは笑って答えた。
「よし、サキちゃん。次はどれに乗りたい?」
「ん…っとねぇ…あーアレがいい!!」
スバルはサキちゃんの小さな手をとり、楽しそうに歩きだした。
「ナツキおねえちゃんも!」
サキちゃんはあいた方の手を私にさしだしてきた。
私は小走りに二人の方へ向かい、サキちゃんの手をとった。
サキちゃんを真ん中にして、その両隣にスバルと私がいる。
三人とも終始笑顔だった。
心があたたかくて、でもなんだか切なくて…
少し涙がでそうになった。
気がつくと、夕日が傾き始めていた。
あまり遅くなってはいけないからとか帰ることにしたのだが、
サキちゃんが少しごねてしまった。
もっと遊んでいきたい気持ちはわかる。
それだけ今日三人で遊んでいたのは、
時間が本当にあっという間に過ぎてしまったと感じるくらい楽しかったのだ。
スバルはやれやれ…といった顔つきで、
サキちゃんの目線に合うように少ししゃがんだ。
「うん。俺ももっとここにいたいけど、
でも早く帰らないとサキちゃんのお母さんに心配かけちゃうから。
また遊びに来ればいいしさ。今日はもう帰ろう?」
サキちゃんは泣きそうな顔をしながらも、静かにうなずいた。
「よしよし、いい子だね」
スバルがサキちゃんの頭を優しくなでる。
「じゃあご褒美に、最後に一つだけ乗ろうか?」
「本当に!?」
少女の顔が、ぱぁっと明るくなる。
「うん、でも一つだけだからね?どれがいい?」
スバルの問いにあたりを見回し、眉をひそめながら迷ってた。
何か目当てのものが目にとまったらしく、少女の顔は一気に晴れる。
「サキね、あれがいい!」
そう言って指した指の先には、観覧車があった。
「そういえば、アレには乗ってなかったな。
ナツキはアレでい?」
スバルが私の方を見上げる。
「うん」
私はそう答えるしかできなかった。
「じゃあ、いくか」
こうして、三人で本日最後となる乗り物に乗った。
私の隣にサキちゃんが座り、向かいにスバルが座った。
係員によって扉が閉められ、そして上へとゆっくりと動きだす。
サキちゃんは、少しずつ変化する景色に興味津々で、
窓にへばりついて外を見る。
「すごーい!どんどん高くなるよぉ。ウチはどっちだろう?」
「あっちの方かな?」
私はサキちゃんの後ろから声をかけ、一緒に外を眺めた。
遠くの方で、日が静かに沈んでいるのが見えた。
夕日が、私たちのいる観覧車の中を照らす。
夜との境が、だんだん消えていく。
ふと、スバルを見た。
彼もまた、私たちと同じ方角を眺めていた。
夕日がやさしくあたる彼の横顔は、ひどく大人びて見えた。
8年前――…私たちがまだ高校生だった時。
ユウユとカツと別行動して、あの時最後に乗ったのも観覧車だった。
またこうして一緒に乗るとは思いもしなかった。
過去の記憶が…切ない気持ちが蘇る。
でも、目の前には8年前の彼の姿はなかった。
――…覚えていますか?あなたは覚えていますか?
私の視線に気づいたスバルがこちらを見た。
ドキッとした。
彼の目から目をそらすことができなかった。
スバルの厳しい顔つきは一瞬で、笑顔に変わった。
その笑顔は、今日一日私たちに見せていた笑顔とは違っていた。
疲労を隠したような…いや、泣きそうな笑顔にも見えた。
胸が…しめつけられた。
観覧車が一周してもとの場所にもどってくるのは、10分くらいだった。
あたりは暗くなり、夜になっていた。
何も言わず、私たちは名残惜しそうな足どりで遊園地を後にする。
駅に向かう途中、サキちゃんは眠そうに目をこすり始めた。
あれだけはしゃいで遊びまわったのだ。
小学一年生の体力ではもう限界だろう。
それに気がついたスバルが、サキちゃんの前で背を向けてかがんだ。
「おぶっていくよ」
サキちゃんはとろんとした目をしながら、こくりとうなずいた。
「あ、じゃあサキちゃんのリュック持つね」
私はサキちゃんからリュックを下ろし、
スバルの背中におぶさる手伝いをした。
サキちゃんは無言のまま、スバルの背に自分の身を任せた。
スバルは「よいしょ」と小さくつぶやいてから、サキちゃんをおぶった。
サキちゃんはすぐに寝てしまった。
「寝ちゃったね…」
「ああ」
スバルは駅までの道のりの間に、何度かサキちゃんをしょい直した。
私は「大丈夫?」と声をかけたり、
駅で彼の切符をかわりに買ってくることしかできなかった。
サキちゃんは家に着いて眠ったままだった。
母親は「大変申し訳ありません」と言いながら、
サキちゃんをスバルの背中からおろした。
「では、俺たちはこれで」
スバルが丁寧にお辞儀したのにつられたように、私も頭をさげた。
行こうとする私たちをサキちゃんの母親はひきとめ、
「つまらないものですが…」と言いながら、
菓子折りのような箱が入った袋を一つずつ渡してきた。
もちろん丁重にお断りしたが、
「娘がお世話になりました。どうかお受け取りください」
と言われ、断りきれなくなったので遠慮がちにお礼をいって受け取った。
母親が頭をさげ、サキちゃんにも挨拶させようとしたが、
「起こさなくていいです」と、スバルが小声で言って止めた。
サキちゃんは母親に抱えられ、ぐっすり眠ったままだった。
私たちが玄関をでると、静かにドアは閉められた。
家の前の道路にでてから、少し前を歩くスバルの背に声をかけた。
「今日はお疲れさま」
スバルは振り返って足を止めた。
「いや、そっちこそお疲れ。でも楽しかったし」
「そうね…」
私がスバルの隣に追いつくのを待ってから、
スバルは再び歩きだした。
「遊園地なんて…あんなに遊んだのは久しぶりだったな」
スバルは夜空を見上げながらいった。
「私も」
会話がうまく続かなかった。
さっきサキちゃんがいたことに感謝し、またここにいてほしいと思った。
疲労と当惑のまま、沈黙で歩き続けた。
駅が近づいて、別れなければいけないその時を向かえようとしていた。
やや気まずい雰囲気で彼はさっさと別れたい思っていたかもしれない…
それでも、私はもう少し一緒にいたいと思った。
そう思った瞬間だった。
スバルがふと足を止めた。
彼が足を止めたのに気づき、私は振り返った。
駅へ向かう人の波が、私たちの横を通り過ぎていく。
「…一緒に、夕食でも食べていかない?」
スバルの言葉に驚き、言葉を失ってしまった。
その反応にスバルが焦りながら言う。
「あ、いや…疲れてたりしてるんならいいんだけど。なんかさ、
久々に再会したってのになんだかんだでゆっくり話とかできなかったじゃん?
せっかくだから夕飯でもどうかなって…」
どうして彼にはわかってしまうのだろう…。
私は真っ直ぐに顔を向け、口元に笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。スバルこそ疲れてない?」
「いや、俺は平気」
私はスバルに歩み寄っていった。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」