果ての記憶


 先程の暗い空気も花火の輝きには負け、五人は思いっきり一緒に楽しんだ。
打ち上げ花火も小さいわりに、とても綺麗な立派なものだった。
火柱があがったり、打ちあがったり、ロケット花火も威勢良く、いくつも飛んでいった。
 すごい煙が立ち込めてたまにはむせ返りながらも、皆の笑顔が絶えることはなかった。
 透が花火を持って走り回ったり、男三人が根性試しのように火柱の上を飛び越えていったり、
そんな風にしてふざけあった。
夜だったけれど、ここには昼間のような明るさが溢れていた。
真夏の太陽が、沈みそこねているみたいだった。
 しかし、楽しい時間はいつまでも続かない。
残るは線香花火だけとなってしまった。
それまで興奮が一気に落ち着く。
線香花火をする時は、どうしてこんなにも固唾を呑んでしまうのだろう。
その小さな花がいつまでも咲き続けるようにと願ってしまい、
その願いは散る瞬間に最高潮に達する。
そのちっちゃくても力強いその光はいつだって、私たちの心に明るい花を咲かせる。

 さっきまでのきらめきは海の中へ溶け込み、あたりは波音だけが響く、
静寂さを取り戻していた。
 私たちは後片付けをし、向こうにごみ捨て場があるということで、
透とゆりながそこまで捨てに行くことを引き受けてくれた。
「じゃあ俺はこれで。楽しかったです。ありがとう」
 海斗がこの場を去ろうとしたので、私は慌ててあとを追いかけた。
「私、送ってくよ!」
 私が無意識にとった行動に他の三人がびっくりしていたが、
一番びっくりしたのは自分かもしれない。
「・・・一人で大丈夫だよ」
 海斗も戸惑いを隠せないといった感じだった。
 私は言葉を返さず、彼の腕を掴んだ手を引くことができないまま、
ただ名残惜しく彼を見つめる。
「帰り道、サヤが危なくなるだろう?だからいいよ」
 海斗は私を言い聞かせながら、彼の腕を掴んだ私の手を優しくふりほどく。
それでも動こうとしない私を別の力が引き離した。
「いいよ、サヤ。先にロッジに戻ろう」
 私の腕を掴んだのは、和彦だった。
「それじゃ、橋崎さん」
 彼が不機嫌なのは、声色からすぐにわかった。
そのまま手を引かれ、私はロッジへの帰路の上を歩かされた。
海斗には「さよなら」も言えないまま、どんどん距離が開いていってしまった。
「ねぇ、和彦!痛いよっ、離して!」
 私が何度言っても、彼は背を向けて黙ったままだった。
黙って桟橋の上をただひたすら突き進んでいった。
 こうやって強引にされるのも、海斗とあんな風に別れてしまったのもすごく嫌で、
本当に嫌だったから、私は足を地にしっかりとつけて踏ん張り、渾身の力を込めて手を振り払った。
「離してっ!!」
 すると勢い余って私は体勢を崩し、そのまま桟橋から落ちてしまった。
 夜に包まれた海の中は何も見えなくて、とても恐かった。
光が反射して水面がキラキラと光る美しい昼間の海と同じ海だとは思えなかった。
 頭の中はヒューズが飛んだみたいに機能しなくて、体も言うことを聞かなかった。
私は海から這い上がろうと必死でもがくだけだった。
でもそんなことも薄れていく意識の中では、
自分がもがいているのかいないのかわからなくなっていた。
一種のパニック状態を起こしていた。
海にこのまま飲み込まれてしまうのが恐くてたまらなかった。
 しかしそんな状況の中、私はこの海への恐怖感にどこか懐かしさを感じでいた。
遠い夏の思い出が、呼び起こされた。


 あれは、五歳の夏だった。
 海近くのロッジを貸しきり、家族旅行にやってきた。
 じりじりと照りつける太陽。
命の限り精一杯に鳴き続ける、無数の蝉たち。
時折吹きつける熱風の中に、海が運んでくる涼しい風が行ったり来たり。
 到着してから毎日、毎日、海で遊んだ。
じっとしているだけでも汗は吹きだしてきたが、そんなことは構わず、
肌をこんがり焦がしながらめいいっぱいに遊んだ。
お父さんとお母さんと砂のお城を作ったり、
海で泳いだりしてすごく楽しかった。
 そして三日目くらいのことだった。
海で遊んでいると、一人の男の子と仲良くなった。
優しい笑顔で笑う、おっとりとした空気を持つ子だった。
その子も家族旅行で来ていて、お互いに友達がいなかったから、
その日を境によく二人で遊ぶようになった。
 小さい子は不思議なことに、会って間も無くても大人のように変な警戒心を持ったり、
壁を作ったりせずに時間を共有できる。
 こうして私たちは、夏の楽しい思い出をたくさん作っていった。
 その日も、男の子が私のいるロッジに迎えに来てくれて、
一緒に遊びに行くことになった。
「あんまり遠くに行ったり、危ないことをしては駄目よ?」
「はぁい」
 二人は親の言いつけを守り、遠くに行ったり、
危ない所に行かないようにしていた。
 ところが、森を歩き回っているといつもと違う所に出てしまい、
そこで見たものが私の好奇心を駆り立てた。
「あれ、なんだろう?」
 水面に根を下ろす木々の群れ。
木は土に生えると思っていた私は、これまで見たこともない光景に目を輝かせた。
「あれはね、マングローブっていうんだよ」
「まんぐろーぶ?」
 男の子が言った初めて聞くその名を、私はきょとんとしながら繰り返して言った途端、
私の心はわくわくして、あの木々に近づきたくてたまらなくなった。
「ねぇ、あそこに行ってみようよ!」
「えっ・・・でも危ないよぉ」
 私は男の子が止めるのも聞かず、マングローブが群がる方へと足を進めた。
水面につく根の上を渡り、私は母の言いつけなど忘れてはしゃぎ続けた。
「ねぇ、サヤちゃん。危ないから戻ろうよ」
 男の子がそう言った瞬間だった。
私がのっていたマングローブの木が見事に折れてしまったのだ。
「サヤッ!!」
 何かの衝撃で痛みを感じながらも私は水面に落ち、
そのまま意識はぷっつりと切れてしまった。


 目を開けると、そこには和彦の顔があった。
髪も顔も服も、全身がずぶ濡れだった。
私を助けるために海に入ったのだろう。と、気づくのに時間を要した。
「サヤッ!」
 彼は必死に私の名を呼ぶ。
 ゆっくりと起き上がり、私は和彦に抱えられながら、
今、桟橋の上にいるということがようやくわかった。
「ごめん。俺が強引に連れてきたばっかりに・・・」
「・・・」
 私の頭の中が混乱していて、返す言葉が見つからなかった。
「サヤ・・・ごめん。怒らないで」
 震えた声と濡れた顔で、和彦が泣いているように思えた。
 私はぼんやりと彼を眺めたまま、未だ言葉がでてこなかった。
 彼はそのまま私を優しく抱きしめた。
「あいつのとこに行かないで欲しかった・・・俺、サヤが好きだから」
 あいつ・・・あいつって誰だっけ?私は自問しながらその人を頭の中で探し続けた。
虚ろな意識の中で、彼を見つけるのに時間はそんなにかからなかった。
 何かが弾けたように、私の中の私が戻り、目が開けた。
「私・・・行かなきゃ」
「え・・・?」
 私は和彦の腕から抜け出し、何かに呼び寄せられるように立ち上がった。
「ごめん。私は和彦のことが好きだけど、それは友達としてなの。それはこれからも変わらない」
 友達関係においてはあたたかく、恋愛関係においては残酷な言葉を彼に残し、私は私を呼ぶ方へと走りだした。








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