果ての記憶


 昨日までと同じベッドで目覚めるが、何かいつもと違う自分のように感じられた。
むしろ、自分の一部をようやく取り戻したと言う方が適切かもしれない。
 そう、私はどこかが特別変わったわけではない。
失っていた記憶を取り戻したのだ。そのせいか、心が軽くなっていたのは歴然としていた。
 窓の外の海は今日も良好で、海鳥も気持ち良さそうに海面の上を飛び交っていた。
太陽の光に反射する海は、とても眩しかった。
 昨夜、海斗の別荘からこのロッジに戻ってきた時は誰もいなかったが、
起きて見ると隣のベッドにはゆりながまだぐっすりと眠っていた。
 私は彼女を起こさないようにベッドから起きだし、
着替えてから物音一つさせずに、細心の注意を払いながらロッジを出た。
 肩の力が抜け、一気に解放されたような気分になって、思わず笑顔になる。
 軽い足取りで向かった先は、海斗の別荘だった。
 どうしても、彼に会いたかった。
 自分が気づかぬうちに失ってしまっていたもの。あの夏の記憶。
まるで海に流されてしまったかのように、どうして今まで遥か遠くに押し流してしまっていたのだろう。
その流れに逆らえなかったのかもしれない。
でも、もう二度と岸に戻ってこれなくなってしまったとしても、いつかはきっとその果てに辿り着く。
確かに、取り戻さなくても私の生活には何の支障もなかったであろう。
これまでと同じように何気ない生活を送っていたかもしれない。
 だけど取り戻した今、そんな生き方は考えられない。
 一度は失いかけた命。その尊さを私は知ったし、それが誰のおかげなのかも知ることができた。
 そして、これから私が生きていく上で、彼が必要だということも・・・。
 そんな大事なことが闇に葬りさられたまま、
気づけないままだったら私はこの先、もっと後悔していたかもしれない。
手遅れになる前で本当によかった。
 この記憶が蘇って、本当によかった。
 そんな私の想いを、波音が肯定してくれているようだった。
永遠を感じさせてくれた。

 海斗の別荘に着き、ドアのチャイムを二、三度鳴らすと、すぐに海斗が出てきた。
「おはよう。ごめんね、起こしちゃった?」
「おはよ。ちょうどさっき起きたとこだよ」
 彼の目はまだ起きたてのように、とろんとしていた。
 私は心の中で悪びれ、彼の好意を台無しにしないようにした。
 海斗は何も聞かずに、私を玄関からそのままリビングに通してソファーに座らせた。
それから目の前によく冷えていそうなお茶を出した。
「どうしたの?こんな朝早くに」
 彼は私の目の前に座ると、お茶を一口飲んだ。
「私、今日のお昼にここを発つから、最後に会っておきたいと思って・・・迷惑だった?」
「いいや、俺も同じこと思ってたよ」
 海斗は、心から肯定する笑顔を私に見せた。やはり、彼の笑顔をみると心が緩んでしまう。
「じゃあさ・・・」
 彼は力を込めて立ち上がり、私の隣に座った。一気に距離が縮まって、私の心は驚きながらも嬉しくなる。
「携帯番号を交換しない?それで連絡を取り合おう。そしたらまた、会えるよ」
 彼の提案に私はさらに嬉しくなる。
「私も、同じことを考えてた」
 私は履いていたジーパンのポケットから携帯を取り出して、海斗に見せた。
 彼は目を丸くしながらも、すぐに笑顔に変わった。二人の間に、笑顔が溢れる。

 交換し終わった後、私は念を押すようにして海斗に尋ねた。
「また、会えるかな?」
 私は携帯を握りしめながら、彼の瞳を見つめた。
 穏やかだけど、しっかりとしたその瞳の奥に、彼の強い意志が見えた。
「あぁ、絶対にまた会えるよ」
 素直に、何の疑いもなく、私は彼の言葉を信じることができた。
 海斗の笑顔は本当に優しくて、心があたたまった。

―完―


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