At the bottom of my heart 〜Katsu's story〜
 


 「人生を俺と共に過ごしてしてほしい」
「うん」
俺の予想に反して、あっさりと答えは返ってきた。
思わず、確認するように聞き返してしまった。
「…いちおう、プロポーズのつもりなんだけど」
「私にだってそれくらいはわかるわよ!」
…やはり間違っていなかったらしい。
「てかさぁ…まずお付き合いから始めるもんじゃないの?」
彼女が呆れながら言う。
そう、俺たちは一緒に飯を食ったり、飲んだり、
たまにそのへんを出かけるだけってだけで、
付き合ってなんかいなかった。
でも俺的には…
「もう付き合ってるつもりだった。
 週に一度はこうして会うし、毎日メールか電話するし…」
「まぁ、そうなんだけどね…
 でも口で言わなきゃわからない時だってあるじゃない?
 だいたいねぇ物事には順序ってものが…」
いつもの説教じみた彼女の話が始まろうとする。
「そんな細かいこといいじゃん…
 おまえ、少しうるさすぎ」
そう言って俺は彼女を引き寄せて初めてのキスをする。
「…いつから?」
唇を重ねながら彼女が聞く。
「いつから私のこと…?」
「教えない」
そう答えて俺は彼女の唇から離れようとはしなかった。
「いじわる」
彼女はそう言って俺の首に腕をまわす。

 いつからおまえのこと好きになったって…?
そんなの8年も前の話だよ…。
俺がずっと言わなかった、気づかなかった気持ち。
きっと話したら、驚くんだろうな…。


 高校の卒業式の日。
俺とユウユは、ナツキに今までのことを全て打ち明けることにした。
これは二人で話し合って一致した結論だった。
ナツキとのとりあえずの和解が終わった後、
俺たちはしばらくその場にいた。
むしろ、ユウユが泣き続けていたというのが正確なところだ。
「…やっぱり私たち…ううん、私だけ。
 間違っていたんだよ!私…!!」
ユウユはそう言って泣き始めた。
俺はそんな彼女を優しく抱きしめる。
「もうどんなに悔やんだって仕方ないことだよ…それに、
 ナツキに話してわかってくれたことだし」
「でも、私…私っ…!」
「そんなに自分を責めるなって…
 おまえだけじゃない。加担した俺にも責任があるから…」
ユウユは肩を震わせて泣き続けていた。
こうやって彼女が俺の前で泣くのは初めてじゃなかった。
今までだって何度も…
そういえばことあるごとに泣いていたかもしれない。
一見しっかりしてそうで、前向きに見える彼女は意外にもろい。
もしかしたら、ナツキよりも心がもろいかもしれない。
彼女の弱い部分を見続けてきた俺が、
彼女に心を少しずつ奪われていたのに気づいたのは、
この時が初めてだった。

 せっかくユウユが好きだという気持ちに自覚したにもかかわらず、
それから俺たちは会わなかった。
彼女が一人で泣いているんじゃないか?とか考えると、
本当に心配で、会いたくて、会いたくて仕方がなかった。
でも、会うことができなかった。
俺に会うことで彼女が自分のしたことの罪を思い出し、
きっとつらくさせてしまうだけだとわかっていたから…。
それにもし、彼女がどうしても俺の助けが必要というのであれば、
彼女の方からなにかしら連絡などがあるだろう。
俺はその時を待った…しかし、
彼女をもう一度見ることはなかった。
やはり、彼女にとって俺はその程度だったのだ。
そう考えると、自分から連絡することなんてできなかった。
結局、俺にとっても彼女に対する気持ちはその程度だったのだ。
だいたい都合が良すぎる話なんだよな…
今さら彼女のことを好きになってしまったなんて。
やはり、この気持ちは忘れなければいけない運命にあるのだ。
俺は抵抗することなく、その運命に従った。
それから大学に入った俺に変化があった。
それまでは、異性と軽く付き合うことは避けていた。
お互いに傷つかないために…
でも、付き合ってみないとその人の本質はわからないと、
ユウユのことで学んでからいろんな人と関わって観察するようにした。
しかし、誰と付き合おうともきちんとした付き合いはできない。
本気になれる相手なんていなかった…
かつて俺が本気になれた相手はナツキと…ユウユだけだった。

 そんな複雑な気持ちを抱えたまま一年を過ごし、
春休みにフランスから帰国する機内でのことだった。
俺はユウユと偶然の再会を果たすのだ。
彼女は大人っぽく変化していたが、
一目で彼女その人であることがわかった。
俺をなかなか思い出さない彼女の当惑した顔。
ややショックを受けたが、その名を口にし続ける。
「ユウユだよな?」
彼女の方も俺が誰だかわかったようだ。
「…カツ!?」
一年ぶりに彼女の口から、俺の名を呼ぶ声を聞く。
こんなことあるんだな…って、本当に驚いた。
あまりの懐かしさのために、過去のこととか吹っ飛んだ。

 それから俺たちは連絡するようになった。
最初は恋愛感情とかそんなの関係なしに、
ただ偶然に再会できたことが嬉しくて、嬉しくて、
楽しかった過去に戻れたような気になった。
でも、そう楽しいことばかりじゃなかった。
当時、彼女には恋人がいた。
以前から彼女はよく俺にいろんなことを相談してきていたので、
その恋人とのことも相談してきた。
俺はなんにもないフリして聞いてたけど、
内心穏やかでなかった。
そして、はっきりと気づくのだ。
俺はまだ彼女が好きだということを。
だから、彼女が恋人と別れて俺のところに泣いてきた時、
気持ちを伝えようと思った…けど、できなかった。
あきらかに俺のことを恋愛対象に見ていないとわかっている相手に、
心の隙間につけこむようなことをしたってしょうがない。
俺はきちんと彼女の心がほしかった。
…今思えば、そんなの言い訳に過ぎなかったのかもしれない。
せっかく彼女と再会できて、また仲良くできて、
いい関係になれたのに…
俺が告白して想いが受け入れられなければ、それが一気に崩れる。
きっともうどうやってももとには戻れない。
彼女のそばからいられなくなるより、
どんなカタチでもいいから彼女のそばにいたかった。
そうこうしているうちに、しばらくして彼女に新しい恋人ができた。

 俺と彼女が二人で飲みにいって、恋愛の話になった時のことだった。
「カツには好きな人とか、付き合っている人はいないの?」
彼女の突然の質問に、俺は思わず心の中だけで動揺してしまった。
「あー…俺?俺は…そういう特定の人はいないな」
そうやって言葉を濁した答えしかできなかった。
俺は一途に一人のヒトを想うことを避け、
異性と適当に遊んでいるだけだった。
きちんとした付き合いはしない…彼女の目から見ればたらし、遊び人といった感じだ。
自分の行動に時々疑問を感じながらも、
俺にはそうするしかなかったような気がしていた。
まるで何かの答えを追い求めるように…。
彼女が微笑んで言う。
「早くできるといいいね、そういう人」
本当はもうそういう人はいる…そう心の中だけでつぶやきながら、
「…ああ」
と、静かに答えて酒を口にした。

 俺たちは大学を卒業して、就職をした。
俺は食品メーカーの会社に勤め、彼女はスチュワーデスになった。
お互いにそれぞれの職業に熱心に勤めた。
俺が勤めるところには社会人サッカーチームがあったので、
そこに所属し、サッカーも同時に活動し続けていた。
社会人としての生活が安定し始めた頃、
彼女は恋人と別れた。
相手は大学生の時から付き合い続けていた、
俺が彼女と再会してからの二番目の恋人だった。
やっぱり彼女は泣いて俺のところにきた。
俺はただ慰めることしかできなかった。
俺の気持ちがずっと彼女に向いていても、
その時もやっぱり気持ちを伝えることなんてできなかった。
彼女が俺を異性としてみていないことが明確にわかりすぎていて、
どうしても彼女と恋愛関係に持ち込もうということが勇気がでなかった。
もしかしたら、友人という関係が長く続きすぎてしまったのかもしれない。
でも、やはりここで諦めることはできなかった。
彼女に俺を異性としてちゃんと見てもらおう…そう決意したと同時に、
彼女をおとすにはかなり困難になりそうだ…と、
先の見えない未来に笑ってため息をついた。

 彼女が恋人と別れて、俺の決意が固まってから、
現状に少しづつ変化が見られてきた。
彼女との距離がより近くなった気がした。
単なる気のせいであろうか…?いやでも、
彼女とは毎日電話やメールをするようになった。
それは俺だけの一方的なものではなく、
どちらからともなくするものだった。
週末には会うことがごく自然のようになっていた。
まるで恋人同士のような付き合いだったが、
二人には何もなかった。
親友以上恋人未満といった関係を平行線のように続けていた。
そんな状態が一年も続いて、
俺はついに彼女に自分の気持ちを伝えようと思った。
それで週末のある日、
いつものように一緒に食べにいった帰りの時に言ったのだ。
「人生を俺と共に過ごしてしてほしい」と…。
彼女も同じ気持ちでいることを願って―――…


 「じゃあ逆に聞くけど…おまえはいつから?」
「…え?」
「おまえはいつから俺のこと好きだったの?」
俺は彼女を抱きしめたまま聞く。
彼女は困ったように言葉を失う。
「…俺はいつになったらおまえが異性としてみてくれるか待ってたんだけど」
俺は悪戯っぽい目で彼女を覗き込む。
彼女は観念して答える。
「…あなたと再会して、その時付き合ってた人と別れてから…」
「え!?だっておまえ…そのあと他に付き合ってた人いたじゃん?
 しかも一年くらい前まで付き合ってたし」
「…私があなたを好きになったなんてなんだか都合良すぎる気がして…
 あなたが私のことそんな風に見てくれるなんて思えなかったし。
 忘れようとして他の人と付き合って去年まできたけど…やっぱり無理だった。
 だから自分から別れたの」
「自分から別れた?おまえ、そんなこと一言も…
 俺はあんなに泣いてたからてっきり…」
俺の言葉を遮るように、彼女は俺を抱きしめ直す。
「…気づいたの。自分が誰を必要としているか」
彼女が俺の腕の中でそっとつぶやいた。
「肝心なこと、まだ言ってなかった」
俺の言葉に彼女が俺の顔を見つめる。
「俺…ユウユが好きだよ」
「…私も」
そしてまた俺たちはキスをする。

 二人でお互いの気持ちとぬくもりを確かめてから、
俺の家に向かっている時だった。
俺の腕に自分の腕をまわしている彼女が聞いてきた。
「…ねえ」
「ん?」
「…それで、私のこといつから?」
俺は彼女の質問にもったいぶるように答える。
「知りたい?」
「うん」
素直に答える彼女がとてもかわいくみえた。
「それはね――…」

 こうして、俺たちの新しい関係が始まる…。

Fin



 
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