The moment
     〜Don’t mask your feeling〜



 ドサッ!
「ごめんなさい!」
私が塾に着いて、教室に向かうところだった。
いろんなことを考えながらボーっとしながら歩いていたら、
向こうから来た人にぶつかってしまった。
落ちた教科書を慌てて拾っていると、視線に気がついた。
おそるおそる見上げると、ぶつかったその人はスバルであった。
実は同じ塾だったのだけれど、彼は理系、私は文系だったので、
選択していた科目が一緒になることはなかった。
彼も教科書を拾い始めた。
「悪い。ワザとぶつかった」
教科書をまとめ、立ち上がると私に「ハイ」と渡した。
「ナツキがあまりにもボーっと歩いてたから、ワザと」
彼は少し微笑んでいたように見えたが、気のせいな気もした。
なんでこんなときに会ってしまうのだろう…。
しかし、私の告白が夢の中での出来事だったのかと思わせるほど、
こうして二人でいることに気まずさや、わだかまりはなかった。
いたって普通だった。
「じゃあな」
彼が立ち去ろうとした時、
「ま…待って!」
私は思わず呼び止めてしまった。
彼はそのまま立ち止まった。
「あ…と…」
呼び止めたのは良いが、何を言おうかと私は言葉がつまった。
「今日…何時に終わるの?」
困っている私に、スバルが声をかけてくれた。
「え…と、7時20分」
「同じくらいだな…終わったらそこの喫茶店で待ってて」
そう言って、彼は立ち去ろうと背を向けた。が、くるりと方向を変えてこちらを向いた。
「もしこなくても、ずっと待ってるからな。
 一度、ちゃんと話がしたいから…必ず来いよ」
彼は真剣に私に向かっていった。
私は彼の目を見てうなずいた。

 授業が終わってから、私は彼に言われた場所できちんと待っていた。
何を話そうかと頭の中でめぐらせながら、頼んだアイスティを一口飲んだ。
と、彼が店に入ってきた。
すぐに席に座っている私を見つけ、こちらの方へと歩いてきた。
「よかった…ちゃんといてくれて」
そう言うと、彼は私の目の前に座った。
お水を持ってきた店員に「アイスコーヒー」と頼んだ。
「ナツキともちゃんと話そうと思ってたから」
「私も…一度くらい本当のこと、話そうと思ってたから」
私がそう言ってから、いきなり沈黙になってしまった。
何からきりだせばいいのか分からなかった。
そんな雰囲気を壊すかのように、店員が「おまたせしました」といいながら、
持ってきたアイスコーヒーをテーブルの上に置いた。
そして「ごゆっくりどうぞ」と言い残すと、すぐにいってしまった。
スバルはアイスコーヒーを一口飲み、軽いため息をついた。
「ナツキはタカサキに協力してたんだってな…」
彼はテーブルの上で腕を組んだ。
「それはうすうす気づいてたんだけどな」
ストローでコーヒーをかき混ぜながら続けていった。
「そんなに俺たちをくっつけたかった?」
私はまるで警察で尋問されているような気分だった。
でも、彼の様子は決して責めている風ではなかった。
真相を知りたい…そういう目をしていた。
「べつに、あなたたちをくっつけたかったワケじゃない。ただ…」
「ただ…?」
言葉のつまっていた私の答えを彼は待っていた。
「…ただ…あの四人を壊したくなかった」
私は彼から視線を外したままいった。
「私はスバルとユウユに引け目を感じていた。
 二人とも何でもできるって感じで…だからそんな二人がお似合いだって、
 勝手に思い込んでいつも落ち込んでた。
 あなたにとって私みたいな何にもとりえがない子より、
 ユウユのような子がふさわしいって決めつけてた…」
私が話すことを、スバルは黙って聞いてくれていた。
「そんな事を考えていたらあなたに告白する勇気さえなくて、
 もしフラれたら四人がぎくしゃくしてバラバラになるって、
 考えれば考えるほど何もできなくて…。
 そうこうしてるうちにユウユが、私に協力してくれって頼んできたの…」
いつのまにかうつむいていた重い頭を、私は少しあげた。
「でもその前に聞かれてたの…
 『スバルのこと好きなの?』って。その時ちゃんと答えてればよかったのに、
 言えなかった」
少し間をおいて、また私は口を開けた。
「すごく後悔した。何度も何度も。
 それから二人は恋人同士になって、私はカツから告白された。
 はじめはすごく迷ったけど、彼とつきあうことにした。
 彼のこと好きだと思ったし、一緒にいてすごく楽しかった…けど、
 どこか満たされていなかった…。
 『一分一秒とも忘れなかった』って言われて、胸が苦しくなった。
 私は?って問われて、浮かんだのは彼じゃなかった。
 その時、まだあなたのことが好きなんだとわかった…」
私と彼の目が合っていた。
私は小さなため息をついて、目線をそらした。
彼の目をじっと見ていることができなかった。
「あなたたちの幸せを壊すつもりはなかった…だけど、
 あの雨の日にあなたと出会って、優しく接してくれて…
 私はあんなヒドイ事したのに…」
頭の中で回想していた。
あの雨の日に会う前、最後にスバルと会話した時のことを…。
彼が私を見る目はとても冷たかった。
冷たい言葉を残し、私の横を通り過ぎていった。
それを180度変えたように優しくしてくれた彼…。
「なのに…あなたは優しくて…」
私の目からは、思わず涙がこぼれてしまった。
「…だから…言わずにはいられなかった…」
――あなたのことが好き…だと。
心からあふれだしたものをとめられなかった。
今も…こんなに…
「…俺にとって、ナツキはほっておけない存在だった」
スバルはぽつりといった。
「いつも一人で何かを悩んでいて、でも人前ではそんな素振りを絶対に見せない。
 そんなところが気になってた。…目が離せなかった。
 なんにでも一生懸命で…そんなナツキの側にいると安心できた。
 俺って人と接するのがあんまり得意じゃなかったけど、
 気がつくとナツキには心を許していた」
私のことそんな風に思っていたのかと、とても嬉しくなった。
「だけどナツキに避けられたり、冷たいこと言われて、
 何度も何度も傷ついたり悩んだりした」
彼がつらそうな顔をしながら話しているのをみて、
その気持ちがひしひしと心に伝わってきた。
「なんでこんなにふりまわされてるんだ?って、だんだん疲れてきたんだ…。
 そんな時、タカサキが心の中に入ってきた。
 彼女は俺を癒してくれた…そんな彼女の気持ちにこたえなきゃいけないって思った。
 ある意味…俺にタカサキを近づけさせたことに、感謝してる」
彼は一口コーヒーを飲んだ。
「でももとはといえば、おまえが最初からタカサキに言えば、
 こんなことにはならなかったんだからな」
「ご、ごめん」
彼は「よろしい」と小さく言って、腕を組んだ。
しばらく間があってから、二人は吹き出して笑った。
二人で笑うなんて…久しぶりだった。
しだいに笑いが消えると、彼はふっと真面目な顔つきになった。
空気が一気にしまった。
「ナツキのことは…好きだったよ…。
 それは過去なのか、進行形なのかわからないケド、今は…
 今はタカサキを大切に想っている。
 そばにいてやりたい。いや、いたいんだ。
 だから悪いけど、君の気持ちにはこたえてやれない」
彼は本当にすまなそうにいった。
私は切なくて、胸がしめつけられた…ふられたことに対してではない。
頭の中ではすでにこんな結果になるだろうと、予想していたことだから。
「うん、わかってるよ。あなたにこたえてもらおうなんて思ってない。
 ユウユからあなたを引き離すことなんてできないわ。
 彼女のそばにいてあげて、大切にしてあげて。
 そんなこと、私が言えた義理じゃないけど…
 今日はそれを伝えにきたの。
 あなたに今さら告白して、困らせて…あとヒドイ事して傷つけて、
 本当にごめんなさい」
私は頭をさげた。
いい子に思われたいとか、そんなんじゃない。
自然ととった行動だ。
「や…頭なんかさげるなよ。
 ナツキの気持ちをやっと聞けただけでもよかったよ」
「…すぐユウユのところへ行ってあげて…」
「今から!?」
「うん」
彼は少しとまどいながらも、
「そ…だな…じゃ、行くよ」
と言って立ち上がった。
「サンキュー」
ほっとしたような、泣きそうな顔をしていた彼に、
私は笑い返した。
そして、彼は店をでていった。
その姿を確認した後、
私のひざ上にあったにぎりこぶしに涙が落ちた。
ぽたぽたと落ちた。
本当は彼に、私のそばにいてほしかった…
あなたの気持ちが欲しかった…
でも、もう遅い…それはユウユのもの…
私が素直になっていれば、もっとはやく告白していれば、
私と彼は両思いだった…。
全て私自身がいけない。
自らこの結末を選んでしまったんだから。


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