The moment
〜Don’t mask your feeling〜
時が過ぎた。
私は流れに身をまかせることにした。
時間がきっと解決してくれる。
この傷ついた心も…癒してくれるだろう…
夏休みが終わり、今まで通りの生活に戻った。
今まで通り…それは少し違うかもしれない。
だって、もうユウユとカツとスバルとは一緒にいなかったから。
教室に四人がいてもばらばら…お互いに決して近づこうとしない。
私は目もくれず、机に向かっていた。
受験勉強のせいで四人でいる時間がもてない…
そんなうまい口実をつくって…。
葉の色も徐々に変わり秋風も吹く頃、
私は同じクラスのナカヤ君という人に、裏庭にくるよう呼ばれた。
最近よく目が合うなぁと感じていたのだけど、たいして気にしてはいなかった。
裏庭に行くと、彼が一人立っていた。
「ごめんね、突然呼び出して」
「いいえ」
私は愛想笑いを浮かべた。
ナカヤという人は単に同じクラスの男子というだけで、
ほとんどしゃべったことはなかった。
明るく、知的な雰囲気のただよう、紳士的な感じの人だった。
少し茶っぽい短い前髪が風に吹かれていた。
「実はカタヤマさんのこと、ずっと気になってて…イイダと付き合ってるって聞いたけど、
でも最近あんま一緒にいないからもしかしてって思って…
もし今フリーなら、俺と付き合ってくれないかな?」
私は予想通りの展開に困惑してしまった。
もちろん断るつもりだったのだが、
いざ状況にたたされるとなんと言っていいのか言葉がでてこなかった。
「ごめんね、こんな時期に…でも今言わないと自由登校になって会えなくなるし、
絶対後悔すると思って。
あ…もしかして、好きなヤツがいるとか?」
「ち、違うの…でも、ごめんなさい!つきあえません」
そう言って私は頭を下げた。
好きなヤツがいるのかと聞かれ、思わず否定してしまったことを悔やんだ。
好きな人がいるからといって断ればそれで終わったのに…。
思ったとおり、彼はそこをつっこんできた。
「そっかぁ…でも、好きなやつがいないなら俺と付き合ってみる気ない?」
「…え、いや…」
「だって、今誰とも付き合ってないんでしょ?だったら俺と…。
ずっとカタヤマさんのことが好きだったんだ!
今日やっと伝えられたんだから、ちゃんとした理由がないまま引き下がるなんて、
納得できない。それとも納得のいく理由があるの?」
「そ…それは…」
こうも押しを強められると、断りづらかった。
必死になって気持ちを伝えている姿が、カツとダブった。
そして、受け入れられないときのつらさを自分と重ねていた。
だから簡単に断ることができなかった…だからといって、
彼とつきあうわけにはいかない。
私が返答に困っている時だった。
「それは俺とつきあってるからだよ」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
しばらくの間、葉と葉のこすりあう音だけが聞こえていた。
その微かな音が無意識の中で、耳に入ってきた。
私は立ちつくしていた。
『それは俺とつきあってるからだよ』
その言葉に驚いているのではない…それをいった人物に驚いているのだ。
ナカヤ君は一歩後ずさりしながらとまどっていた。
「な、なんだよ。やっぱり付き合ってんのかよ…イイダと」
「そうだよ。わかったらナツキのことは諦めろよ」
「…わかったよ。それなら早く言ってよ、タカヤマさん」
「ご、ごめんなさい」
私はあわてて謝った。
そして彼は残念そうな顔をしつつ背を向け、その場を去った。
私たちは何も言わず、立っていたままだった。
私の後ろにはカツがいる。
その彼になんて声をかけていいのかわからないまま沈黙が続いた。
私の背中が、やけに緊張してピリピリしていた。
「あーゆーのは、ハッキリ断れよ」
先に口を開けたのは彼の方だった。
その一言が責められているような気分にさせたので、
嫌な言い方と分かっていつつ、
「ウソつきね」
と私はいった。
「じゃあ、アイツとつきあいたかったのかよ?」
ややムッとした声が返ってきたので、
私は振り向いて謝った。
「ううん。ごめん。助けてくれてアリガト」
カツと話すのは別れた日以来だった。
少し気まずくて困った。
「あのさ…」
その空気を破ったのはカツだった。
「ナツキとは感情的になって別れたから、ずっと悪いと思ってたんだ」
「何言ってるの!?私がいけなかったの。カツが謝ることなんて、
そんな必要ない!」
彼からの意外な言葉だった。謝るのは私の方だ。
私が一方的に別れてしまったのに…絶対恨まれて、責められると思ってた。
だからカツから謝られると、正直つらかった。
「俺は、はじめからわかってた。ナツキがスバルを好きだって。
それでも俺はおまえが好きだったから気持ちを伝えた。
でも、結局それはナツキにつらい思いをさせる結果となってしまった」
「違う。私が好きなのはスバルだけだったのに、その事実から逃げだして、
カツの優しさに甘えてあなたを傷つけてしまった。
あなたには本当に悪いことをしたと思ってる。ごめんなさい」
私は頭を下げた。
するとカツは私の頭をゆっくりとおこした。
「俺だって卑怯だったんだ。おまえの優しさを利用した。
ナツキは優しいから、俺が気持ちをぶつければそれを邪険にできないって、
計算してたんだ」
「優しくなんかない!優しいのなら自分のことだけじゃなくて、
あなたの気持ちをもっと考えてあげてた。本当にごめんなさい」
私はカツの顔を見た。
彼は少し寂しそうな顔をしていた。
「これから、どうするの?スバルとは…」
「どうもしないよ。私、彼には気持ちをぶつけたの。
それで受け入れてもらえなかった。ふられちゃったんだ。
っていうより、ユウユの方が大切だって。
私はユウユもスバルも大事なの。
二人が幸せなら、私はこれ以上何もしない。できるわけない。
やるだけのことはやったんだもの」
「…そっか」
カツは私に背を向け、一歩一歩ゆっくり歩き出した。
数歩歩いたところでふと足を止めて、こちらに振り向いた。
「俺みたいないい男ふっといて、後悔しても遅いからな」
私はきょとんとしてしまい、それから笑みがこぼれた。
「そうかもね」
お互い笑顔でいた。
これでカツとは完全に終わった。
お互いにちゃんとした別れかたができたんだ。
彼には本当に申し訳ないことをした。
彼の優しさに甘えて、自分が傷つかないようにしていた。
そして、彼を深く傷つけてしまった。
はじめから、私がちゃんと自分の気持ちを素直に認めていれば、
こんなことにはならなかった…。
ごめんなさい、カツ。そしてありがとう。
あなたに対しての気持ちは恋愛ではなかったけれど、
とても特別な、大切な存在でした。
あなたと一緒に過ごした時間、忘れない。
さよなら…カツ。
12月。学校は自由登校になり、カツ、ユウユ、スバルに会うことはなくなった。
カツとユウユは推薦で決まったそうだ。
一般受験の私は、これからが本番だった。
最後の追い込みにかかり、頭はそのことだけに集中していた。
むしろ、集中するようにしていた。
一度考えるときりがないからだ。
そして、そんな日々はあっという間に過ぎた。
私は第一志望には落ちてしまったものの、第二志望には受かり、
そこの大学に行くという進路を決めた。