The moment
     〜Don’t mask your feeling〜



 次の日――…私は朝早く目を覚ましてしまった。
しばらくベットの上で天井を眺めてから、時計を見た。
朝の5時…とても静かな朝だった。
私はすぐに起きようとはせずに、仰向けになったまま考えていた。
今日はスバルの誕生日なわけで…
私はどんな顔をして会えばいいのか…。
昨日、あんなに息をきらして私を追いかけてきてくれた。
誤解を解いてくれた。
そして、私のために買ってくれたペンダント…。
私はベットの隣にある、小さな引き出しの上に置いておいた赤い箱を手にとった。
ゆっくりと身体を起こしながら、箱の中からペンダントを出した。
それをみていると、なんだか胸がいっぱいになった…。
ぎゅっと握りしめながら、ベットに勢いよく倒れこんだ。
いろんなことを考えながら横になっていると、
私はまた眠りについてしまった…。

 再び起きたときは8時30分だった。
私は朝食をすませ、出かける準備をし始めた。
そう…その時私は自分のことで頭がいっぱいで、
あの人の存在を忘れていたのだ。
着ていく服がようやく決まり、それに着替えようとした時、
私の携帯が鳴った。
見るとメールがきていた。
受信したメールは…ユウユからのものだった…。
私は、はっとした。
それまで、ユウユとスバルのことを協力するという約束をすっかり忘れていたのだ。
おそるおそるユウユからのメールを見た。
『オハヨー!昨日はスバルが急いでるからって先に帰っちゃたの〜
 すっごいショックだった!!せっかくナツキがチャンスつくってくれたのに、ゴメンネ〜
 で、今日はなんと彼の誕生日なのです。でも学校休みだし…直接「おめでとう」も言えないし。
 会いたいよ…。まぁそれは仕方ないとして、ナツキにお願い!
 彼のプレゼントを買うのに、これからつきあってくれないかな?』
私は呆然と立ち尽くした…何も考えられなかった…。
もし私がここでユウユからの誘いを断って、スバルと出かけたなんて知られたら…。
かといって、スバルに断るのも…
結論がでないまま、時間だけがどんどん過ぎていった。
考えに考えた末、ようやく出た結論は…今後さらに私を後悔させることになる。
自分はバカなことをしたと、そう何度も責める要因につながる。
私はユウユに返事をした。
『ごめん。行けない。
 そのかわり、11時に駅前に行ってください。
 ユウユの今一番会いたい人に会えます』
自分はなぜこんなものを送ってしまったのか…
頭で考えるよりも、指が勝手に動いていた。
それから私は11時少し前にスバルにもメールを送った。
『突然用事ができてしまったので、そちらへは行かれません。
 代わりの人を行かせます。その人と誕生日を祝ってください。
 18歳、おめでとう』
彼はこのメールを見てどう思うだろう…?
怒った?あきれた?…それとも?
でもそんなことはどうでもよかった。
なにより、私は自分の行動にワケが分からなくなっていた。

 それから何時間が経っただろう――…
スバルにメールを送ってから、彼からの返事はなかった。
ユウユとは会ったのだろうか…?
私はそんなことを何度も頭にめぐらせながら、
部屋で一人、膝を抱えていた。
自分のしたことについて考えたりもした。
とっさにユウユとスバルにあんなメールを送って、自分勝手すぎる。
べつに、私と今日スバルと出かけてもよかったんじゃないか?
ユウユに黙っておけばいいだけのこと…
でも…でも、できなかった…。
なぜだろう…
やっぱりユウユの…親友からの頼みごとを無視するなんてできなかった。
その結果、スバルには嫌な思いをさせてしまったかもしれないが…。

 空はしだいに暗く染まっていった。
私のいる部屋も闇に包まれていった。
今日一日中、私はベットの中にくるまりずっと動かないままでいた。
…ふと、遠くの方で携帯が鳴っていることに気がついた。
重い身体をゆっくりと起こし、携帯を手に取った。
スバルからの着信だった…。
私は携帯を手にしたまま、電話にでることをためらっていた。
でもいつまでも鳴り続けているので、思い切って通話のボタンを押した。
「…もしもし?」
緊張して乾いた喉から声をだした。
少し間があってから、耳元に返答が聞こえた。
「…俺だけど、今ナツキん家の近くの公園にいる。
 ちょっと話があるから、来てくんない?待ってるから」
「…あっ…」
プッ…
そう言って、電話は切れてしまった。
スバルの口調は冷たいものだった。
…あたりまえよね。
そう思いながら私は自分の足を動かそうとしたが、固まったまま動かなかった。
頭の中にはスバルの声がリフレインされて、
耳元に聞こえる電話の切れた音は、私の心を一層突くのだった…。
私は鉛のように重い足を動かし、暗い部屋の中からやっとの思いで抜け出した。
公園までの道のりは覚えていない。
頭の中は心臓の音だけが支配していた。
気がつくと、公園の中に足を踏み入れていた。
周囲を見回すと、木々が昼間とは様子が違っていた。
影をつくり、深い深い暗闇をつくりだしていた。
闇に包まれた道を少し歩くといくつかのランプの明かりが小さく見え始めた。
その光を頼りに行くと、ちょっとした広場にでた。
そこにはベンチがところどころに置かれていた。
そのうちの一つに彼が座っているのが目に入ってきた。
ランプの光に照らされた彼の姿は、どことなく寂しい感じがした。
私はゆっくりと彼に近づいた。
彼の姿がだんだん大きく、はっきりと見えてくるにつれ、
私の心臓もだんだん速さを増した。
あと数歩でそこにたどり着くというところで、スバルはこちらを向いた。
同時に私の足も止まった。
スバルはこちらを見てから、ふいっと下に顔を向けた。
しばらくの間、風で木の葉がこすりあう音しか聞こえなかった。
「…なんで今日来なかった?」
スバルが下を向いたまま言った。
私は言葉がつまった。
―なんて、言えばいいのだろう…。
私が口を開こうとしたが、スバルのほうが速かった。
「用事があるなら、昨日俺が言ったすぐ後に言えばよかっただろ!?
 そんなに俺と出かけるの嫌だったのかよ?そうならそう言えよっ!!」
スバルは立ち上がって怒鳴った。
全身に鳥肌がたった。
私は驚いた。いつもは冷静な彼がこんな…こんな激しい怒りをあらわにするなんて。
それだけ私のしたことが、彼に嫌な思いをさせたのだ…。
自分のしたことの重大さが、今ようやくのしかかってきた気がした。
私は何を言えばいいのか分からなかった。
弁解ったって、何を弁解すればいいのか…しかも、そんなのただの言い訳になるだけだ。
私はどうすればいいのか、混乱してしまった。
「…ごめんなさい」
これが今の私に言える、精一杯の言葉だった。
私の目からは涙が流れ、それを自分の手で拭ったが拭いきれず、
止まらなかった…。
静かな時が流れた―…
スバルは黙って立っているだけだった。

 随分時が経った気がする…実際にはそんなには経っていないのだろうが。
「…もう、いいよ…」
スバルがため息まじりに言った。
「ナツキと出かけられるって思ってたのにあんなメールがきて、
 しかもタカサキがきて…なんなんだ?ってちょっと頭にきた」
私は泣くのをこらえながら答えた。
「スバルがそう思うの仕方がないよ…私がいけなかった」
「…で?なんで来なかった?」
彼の再びの質問に私は困ってしまった。
「そ、それより、今日はユウユと遊んだの?」
私は必死で話題をそらそうとした。
「ああ…」
スバルは短く答え、続けて言った。
「それで…なんかタカサキが俺に別れ際、
 『好きだから、つきあって』っていってきた…」
私は頭を何かで殴られたような衝撃を受けた。
―ユウユ、言ったんだ…
親友に対して祝福する気持ちと、
好きな人が自分以外の人に告白されたショックが私の中で入り混じり、
複雑な気分だった。
「俺…もしかしてって思ったんだけど、今日おまえがこなかったのって…
 タカサキに告白させるためだったとか…?」
そう言ったスバルの言葉に私はギクリとした。
「そう…なのか…?まさかって思ってたけど、なんとなくそんな気がして…
 そうなんだろ?」
スバルが私の肩をしっかりとつかんだ。
少し揺れた。
私はスバルの真っ直ぐな目を見ることができなくて、下を向いて、下唇をかんでいた。
肩をつかんでいるスバルの手があつかった。
ユウユは私なんかより頭がいいし、性格も容姿もいい。
全て私よりも優れている。
スバルにつりあえる人。
スバルにふさわしいのはユウユ…。
私なんかより、ユウユの方ずっと…!
「…ユウユは、すごくいい子だよ…。
 親友の私が保証する…二人ともお似合いだよ…」
スバルの私の肩をつかむ力が少しゆるくなった。
私は彼の手を肩からゆっくりとおろしながら、彼の顔を見て言った。
「…つきあってみてよ」
この言葉をどんな思いでいったか…。
でも、これしか言えなかった…言っちゃいけなかった…。
私はユウユに協力する…。
それが頭をちらつく度に私を縛りつける。
それにもしここで私が告白したとしても、スバルを混乱させるだけだ。
「バイバイ」
私はスバルから離れ、来た道を走って引き返した。
「俺の気持ちはっ!?俺の気持ちはどうなるんだよ!」
後ろの方でスバルが叫ぶ声が聞こえた。
あなたの気持ち…?そんなこと考えたことなかった。
―ユウユを選ぶんでしょう?
そんな言葉が私の脳裏をかすめた。
私はただ走り続けるしかなかった…まるで彼から逃げるかのように。
ただ彼から離れて、この気持ちを忘れ、
消すことしかできなかった…。
このときの私はかなり悲観的だった。
ユウユがスバルに告白したことが、少なからず私に変化をもたらした。
彼女の積極的な行動が私にとても大きな存在だと感じさせ、
そして嫉妬まで感じさせた。
私だけ一人、取り残されたような気分になり…孤独だった。
今まで四人のグループのためだとか言って、
スバルに告白できなかった自分がとても小さく思えた。
本当に彼のことが好きで、この気持ちを伝えたいなら、
ユウユのように言えたのに…!
ただ自分のどっかに甘えがあって、
スバルも私のことを好きなのかもしれないって心のどっかで思ってて…
結局、彼に拒否されたら恐いって私自身、臆病になっていただけ。
自分の気持ちをスバルにぶつけたユウユはすごい。
それに比べて私は…私は…
自分が嫌で嫌でたまらなかった。
こんな自分、今すぐ消えてしまえばいい…

 空や辺りは闇が支配していた。
そして、私の心も…。
上を見上げれば、たった一つの月の光が静かに照らしていた。

 これからどうなるのだろう…
スバルはユウユになんて返事をするの…?
私は…私は…?


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