The moment
〜Don’t mask your feeling〜
それからの一週間、私はカツといた。
クラスでは仲が良かった四人組みが分裂したということで、
いろいろとウワサがとびかった。
ユウユとスバルが恋人同士になったということから、
カツと私も勝手に付き合っていることになってしまった。
まだ、そんなんじゃないのに…
そんな周りの空気が重くのしかかってきた。
息苦しかった…。
カツとは二人で一緒に帰り、放課後に寄り道をしたりした。
彼の部活が終わるのを図書館で勉強をしながら待つというのが、
私の日課になりつつあった。
その日も私は図書館にいた。
気分転換に館内を歩き回っていると、前々から読みたいと思っていた本が目に入った。
その本を手に取ろうとしたが、本棚の上の方にあったので背伸びをしても届かなかった。
しょうがないので、近くにあった脚立を持ってきて上り、本をとった。
と、降りようとした時に一段踏み外してしまい、バランスを崩してしまった。
「きゃっ!?」
後ろに倒れかけたところを、誰かが受けとめてくれた。
「す、すみません!…!!」
私の目の前にいたのは…スバルだった。
彼が私を受けとめ、そして私を抱えていた。
「…スバ…」
その時私が滑った脚立が本棚にぶつかり、衝撃で本が数冊、私の頭に命中した。
そこで私は気を失ってしまった。
目を開けると天井があった。私はベットの中にいた。
そこが保健室だと気がつくのに、少し時間を要した。
「気がついたかっ!?」
そこにいたのは――――…カツだった。
――スバルは…?
気がついて最初に思ったことだった。
「びっくりしたぜ…頭、なんともないか?」
カツが私の頭をそっとふれた。
「う、うん…」
「そうか…よかったよかった」
カツがにっこり微笑んだ。
私が周りを見てもカツしかいなかった。
「あ…あのさ」
「何?」
「保健室につれてきてくれた時いたの…カツだけ?」
私が聞くと、彼は少し黙ってから
「…ああ…」
と静かに答えた。
「…そっか…」
心のどこかで、何かを期待していた自分に思わず苦笑した。
そうよね、スバルがいたなんて…そんなまさか…
――じゃあさっき私を受けとめてくれたのは…?
確かに受けとめられた感覚があった。
そして、目の前にはスバルがいた。
ただカツをスバルに見間違えただけ…?
いや、でもあれはスバルだった…?
あぁ…もう訳がわからない。
私はどんな男性を見ても、もうスバルにしか見えないのだろうか…!?
そんなことをいろいろ考えてる私を見て、カツはいった。
「本当に、心配したんだ…」
私が彼を見ようとした瞬間だった。
彼の手が私の体を抱きよせた。
「無事で…よかった…」
彼のささやく声が耳元で聞こえた。
私のことをすごく心配してくれたことが、
その声から、その腕から強く伝わってきた。
彼の腕の中で、私は抵抗できなかった。
頭の中にはスバルがちらついたりもしたけど、
今抱かれている男性のぬくもりを私は感じていた。
カツは私を抱きしめている力を少し強くした。
それでも全然苦しくはなかった…。
「ナツキ…」
私はこの時…彼に胸の高鳴りさえ感じていた。
そして、ついに日曜になった。
そう、カツに返事をするときが近づいていた…。
試合は1時30分から。
私はそのことから避けるように、学校や塾の宿題やら予習をやっていた。
お昼近くに窓の外を見ると雲が灰色で、今にも雨が降りそうだった。
―サッカーって、雨でもやるんだっけ…?
私は最初、何にも考えていなかった。
行くとか行かないとかそれ以前の問題だった。
ただ…ただ大雨になって、試合が中止にならないかだけを願っていた。
コワかった。まだ自分の気持ちがわからなかった。
まだスバルのことが忘れられないままカツとつきあうなんて失礼だ…。
でも、カツならスバルのことを忘れさせてくれるかもしれない。
この前の保健室のこと…
あの胸の高鳴り…あれはウソではない。
あの日から、カツを男としてみるようになった。
カツとならうまくやっていける…?
彼を、好きになれる…?
考えるときりがないから、気にしないようにしていたのに…
気がつくと深みにはまっていた。
答えがでないまま、同じようなことを繰り返し考え続けていた。
ふと時計を見ると時計の針が1時30分を指していた。
私はまだ部屋の中にいた。
行くべきか…それともこのまま行かないべきか…
悩んで悩んで…本当に悩むしかなかった。
スバルが好き…。
その思いを胸に、このまま一人でくよくよしながらできることは、
遠くから二人を見守るだけ…。
そんなことをしているよりも、自分の新たな道を歩みだしたほうがいいに決まってる。
臆病な私に、精一杯の気持ちをぶつけてくれたカツ…
私のことを大事に想ってくれるカツ…
好きかどうかなんてわからない…でも、でも…!
雨の降り始める音が遠くで聞こえた。
何を考えていたわけでもない…頭の中は真っ白だった。
だけど、私の足は勝手に動いていた。
私は降り続ける雨の中へ飛びたしていた。
心臓が苦しくなるくらい走り続けた。
走って、走って、毎朝見慣れた道を走りぬけた。
傘を持ちながらだったので走りにくかった。
やっとの思いでついた所は、学校だった。
グラウンドの方から、かすかに歓声が聞こえてきた。
私はグラウンドの隅の方から、こっそりと試合をみた。
もう終わり間近だった。
雨の中、必死にボールを追いかけてる人々の中にカツがいた。
私は彼をフェンス越しにみていた。
雨と汗まみれになって、ぐちゃぐちゃのどろどろ。
それでも、顔はとてもいい表情をしていた。
そんな一生懸命な彼から、私は目を離せなかった。
カツがボールをとり、敵から邪魔をされても、
味方にうまくパスをしつつゴールに向かっていた。
彼が主力選手であることもうなずける。
…いつもはサボってばかりいるのにね。
そう思うと笑みがこぼれた。
カツがゴール付近で最後のパスをもらった。
私は思わずフェンスをつかんだ。
カーブのきいた彼のシュートが、綺麗にゴールした。
得点板の数字が2−1になったと同時に、試合終了の笛が鳴った。
カツが勝利したのだ。
みんなの歓声とともに、試合は幕を閉じた。
しばらくして、グランドはいつもの静けさをとり戻した。
みんなが後片付けをし、誰もいなくなった…と思ったら、
雨の中、一人ぽつんと立ってる人がいた。
あの後ろ姿はわかる…彼のものだ。
私はフェンスの中に入り、グランドへ足を踏み入れた。
一歩一歩その人に近づき、そして傘をさしだした。
雨に濡れなくなったのに気づき、彼はこちらに振り向いた。
「お疲れ様…」
私は微笑んでいった。
「…来てないかと思った」
彼は安心した顔つきでいった。
「最後の方見てた…カツのゴール、すごかった…」
「サンキュ…」
彼は少し照れた様子で答えた。
少し間があった…。
「汗かいた後にこんなに濡れたら、風邪引くよ…?」
そう言いいながら、私は彼が首からかけていたタオルで彼の顔を拭いた。
「ありがとう」と小さな声で彼は言い、私が動かしていた手を止めた。
二人の目と目があっていた。
「…正直、ここに来るの迷ったの…すごくすごく…。
でも、気がついたら学校に向かってた。
その間、頭の中はカツのことだけだった…」
私は覚悟を決めた。
「私、まだ気持ちに整理がついてないところもあるケド、
カツ…あなたと…あなたとつきあってみたい…」
私は彼に告白をした。
カツという人に…告白した。
彼は固まっていた。
「ま…まじで…?本当に…?」
私は「うん」と静かに頷いた。
「俺と…俺とつきあってくれる…ってコト?」
彼が確かめるようにもう一度質問してきたので、私はゆっくり頷いた。
「…やっ…やったー!!」
カツは雨の中はしゃぎまわっていた。
「ちょっ…カツ!濡れるってば…!」
私は傘の中でおどおどしていた。
そんな私に、カツが思いっきりの笑顔を向けてきた。
「ナツキ…!好きだぜ!!すっげえ好きだ!」
彼は、本当に嬉しそうな顔をしていた。
無邪気にはしゃぐ彼をみて、私はなんだかくすぐったくなった。
彼の偽りのない、真っ直ぐで素直な気持ちを感じた。
その後、私は校門で一人立っていた。
カツが着替えるのを待っていたためだ。
雨がしだいにやみ、雲の隙間から太陽がのぞいていた。
私は傘をとじた。
すると、制服に着替えたカツがやってきた。
「おまたせ」
私たちは街を少し歩くことにした。
あてもなく、ただ歩くだけ。
ただそれだけだったのに、私はなぜか小さな幸せを見つけたような気持ちだった。
今まで自分の心の中にあったつかえていたものや、ドロドロしていたものは、
雨と一緒に流れてしまった。
この晴れ渡った空のように、私の心の中も澄みきっていた。
まるで、生まれ変わったのかと思わせるもう一人の自分がいた。
隣を歩いているカツを見た。
この人を私は好きになれる…いや、もう好きになっているのかもしれない…。
彼は私の視線に気づいたのか、こちらを見た。
「何?」
優しく問いかけた彼の笑顔は太陽のようだった。
あたたかい光に包まれるようだ。
「ううん…」
私はホッとした安堵感で満たされていた。
彼が私の手を握ってきた。
その手はとてもあたたかった。
スバルの手もとてもあたたかったけど、どことなく冷たい感じもした。
今まで何度も彼に握られてきた私の手は今、この人の手の中にある。
これからも―――…ずっと…
「今日、来てくれてホント嬉しかった」
カツが私の家の前に着いた時にいった。
「なんか…何度も言ってるなぁ、俺」
カツは手で頭をかいた。
「それだけ嬉しかったんだ…本当に。
ナツキは来ないかもって少しあきらめてたから。
でも…ナツキは来てくれたから…」
私は選んだ…この人のもとへいくことを。
それは後悔してない。
彼を好きになれると思ったから…。
「…それじゃ」
カツは少し照れながらその場を去ろうとした。が、
「あ、そうだ」
と、思い出したように振り返っていった。
「あいつらに…言っとく?俺たちがつきあうこと」
「あいつら…って?」
私がそう聞いた瞬間、二人の名が頭にうかんだ。
「スバルとユウユ」
彼がその言葉を口にしたので、ドキッとした。
「いや〜いちおー今まで仲良し四人組でつきあってきたわけだし、
知らせておいたほうがいいかな?なんて…でもあいつらって、
付き合い始めたんだよな?なのに俺たちにいわないし…べつにいいかな?」
私はなるべく平静をよそおうようにしていった。
「…知らせておいたほうがいいんじゃないかな?
向こうも言うタイミングを逃してるだけかもしんないし。
言っといたほうがお互いに都合がいいんじゃない?」
「そうだな…。じゃあ明日」
こうして二人は別れた。
「俺たちつきあうことにしたから」
それは朝のことだった。
カツは四人を屋上に集め、なんの前置きもなしにいきなりいった。
私はカツに肩をよせられ、ユウユはぽかんとし、
スバルはいつもと同じ無表情だった。
「そ…そうだったの?」
ユウユは私に向かっていった。
「言ってくれればよかったのに…私、全然知らなかったよ」
「ご、ごめん。なんとなく言いづらくて…」
私は心にもないことをいった。
「…ま、そーいうワケなんで。
つーかおまえらもつきあってんだろ?」
カツが明るくいった。
「う…うん。実はこの前から…ね?スバル」
「ああ」
ユウユはちらっとスバルを見ながらいった。
「じゃあ、もうこの四人で遊んだりすることも少なくなるかもな」
「そーだね。でもちょうどカップルになってよかったよね〜」
そんなカツとユウユの会話を、私は意識の遠くの方で聞いていた。
心はなんだかやるせない気分だった。
なぜなら…目の前にスバルがいたから…
彼は冷たい視線で私を見ていた。
自分が悪いことをしている気持ちになった。
コワかった…。
彼はなにもかもを見透かしているようだった。
その目にひきこまれそうだった。
『…おかげさまで』
彼とはあれ以来、今日久しぶりに会った。
…会ったからどうだというの?
彼はユウユの彼氏で、私はカツの彼女。
それぞれ違う人を想っている。
もうなにがあってもそれは変わらない。
私の中からスバルという人は消す。白紙に戻す。
「じゃあ、教室に戻るか」
カツが私の肩をぽんとたたいた。
「…う、うん」
私は我に返った。
スバルの隣には、ユウユがいた。
ごく当たり前に。
これで…これでいいんだ…。
私は知らなかった…知らなかった。
こんなにも恋することが苦しいなんて。
だいたい恋なんてものは、脳内麻薬が引き起こす錯覚。
いっそ、この感情だけ切り離せたらいいのに…。
それからの私は、なんだかココにいない気がしていた。
どこか別の場所にいるようだった。
私はここにいる…でも私の中の私はここにいない。
何かを失っている気がした。
いつも隣にはカツがいた。
放課後の塾が忙しくなってきたりしたので、
そんなには遊んだりできなかったが、時間があるときは一緒にでかけたりした。
楽しかった…。
でも、何か淡々としていて…平凡な毎日を無駄に過ごしている感じがした。
こうしてあっという間に夏がきた。