The moment
〜Don’t mask your feeling〜
8月―――…
私たち四人はそれぞれの塾に通い、勉強に追われ、
受験生という日々をおくっていた。
毎日暑かった。太陽の光がじりじりと照りつけていた。
私とカツはほとんど会わなかった。
私は毎日塾で、彼はまだ引退せず部活にいそしんでいた。
それでお互いの日にちがなかなか合わなかった。
でも、メールで自分たちの状況を話したりして励ましあったりしていた。
今日は久しぶりに塾が休みの日だった。
前々から勉強会を兼ねて、会おうと約束していた日でもあった。
駅前に10時30分。そこに現れたのは、ユウユだった。
そう。私は彼女と会う約束をしていたのだ。
「久しぶりー」
「元気だった?」
私たちは、久しぶりの再会を喜んだ。
それから私たちは図書館で勉強をした。
館内はクーラーがきいていたので、快適だった。
お昼頃になって、昼食を食べに行こうと街へでた。
近頃勉強づくめだった私たちにとって、いい息抜きとなった。
ランチは少しおしゃれなお店に入った。
店内の半分は雑貨が売られていて、あとは食事をするスペースになっていた。
私たちは、おいしそうなケーキがついたお得なランチセットを頼んだ。
メインはパスタだったのだが、それがまたとてもおいしかった。
私たちは満足して、おなかを満たしていた。
「勉強はどう?」
食後のコーヒーを飲みながら、ユウユが聞いてきた。
「う…ん。まあまあかな…。ユウユはいいよねー、指定校とれそうで」
「なんとか…ね」
成績優秀なユウユは指定校を目指していた。
同じく成積優秀なスバルは指定校枠に自分の進路にあった大学がないため、
一般受験をすることになってた。
おそらくカツはスポーツ推薦で決まるだろう。
私はもちろん一般受験だ。
自分で受験の話を切り出したくせに、なんだか暗い気持ちになってしまった。
私は話題を変えようとしたが、口を開くのが重くなってしまった。すると、
「最近、カツと会ってる?」
と、ユウユがまじまじと聞いてきた。
「…え?」
私はそれしか言葉がでてこなかった。
「もしかして会ってないの?ダメじゃん〜」
ユウユは私が何も言っていないのに、勝手に話を進めた。
実際、カツに会っていないのは事実だったので、否定はできなかった。
「電話とかしてる?」
ユウユが私の顔を覗きこんでいった。
「…メールをたまに…」
私がぽそっと答えると、
「はぁ!?何それ?」
と、眉間にしわをよせた。
「いい?ナツキはカツと恋人同士なの。Do you understand?
しかも今は高校最後の夏!いくら受験生だからって、それはいかんよ!」
彼女のこぶしをきいた力説に、私はただただ圧倒されるだけだった。
「だいたいねぇ…」
「ユウユはスバルとどうなのさ?」
まだ力説が続きそうだったので、私はユウユに話をふった。
すると少しの間があってから、ユウユの顔がみるみると赤くなった。
「なにかあったの?」
と、私がユウユに聞いた。
「なんにもない、なんにもない!それより今は…」
「あったんでしょ」
私は慌てるユウユにそう断言した。
「自分たちが幸せだからって、私たちにもなんか押し付けようとしてない?」
私がひじをつきながら言うと、
「ごめん…ごめん…そうじゃなくて…」
とユウユの様子がおかしくなっていった。
「…スバルとなんかあったの?」
下を向いてしまった彼女に私はいった。
「違うの…ただ…」
「…ただ?」
ユウユがこんなに言葉をつまらせるのは始めて見た気がする。
それも当然かもしれない。
彼女の次の言葉を聞いて、私は納得した。
「…この前、スバルに…抱かれたの…」
誰か…記憶を消してください。
この感情を失くして。
そして、私を消して…
また私の心の中で動き始めてしまった。
ドロドロしたものが渦巻き始めてる。
私の中からあの人を好きだった自分は消えたハズ。
今、私の中にはカツを好きな自分しかいないハズ。
なのに…どうして私、こんなに傷ついてるの…?
『な…なぁんだ。結局自分のノロケ話をしたかっただけじゃん?』
必死で平気なフリした。
『なんか…すごくない?スバルも勇気だしたねぇ…』
また前の自分に戻りそうになった。
『よかったね、オメデトー』
必死に…必死に…
『…ナツキ…私、コワイの…こんなの初めてで…
嬉しいっていうのと、自分でどうしたらいいのか分からないっていうのと…
でも、でもね…すごく幸せなの…』
彼女のうっすらと浮かべた涙目に幸せそうな笑顔。
私はそれ以上、何も言うことができなくなってしまった。
なんでそんなこといちいち私に話すの?
自慢?
いや、彼女は私にただ知らせてくれただけ。
親友だから…そう、親友だから。
私はスバルのことなんてなんとも思ってない。
オモッテナイ。
なら、なぜ?
なぜ…こんなに泣いているの?
家に帰ってからずっと涙が止まらない。
ユウユから話を聞いて、その後は普通だった。
すぐには実感がわいてこなかった。
でも、ユウユと別れて一人になって、それから…
それからは泣くしかなかった。
私が今好きなのはカツ。そう、カツなの。
こんなに泣く必要なんてないのに…。
「…なんでとまらないのぉ…」
私は部屋に閉じこもって泣き続けた。
そんな私の胸元には、たった一つ輝くものがあった…。
太陽が輝き、暑い中にも少し心地よい風が吹いていた。
私は塾で勉強をしながら、競技場のことを考えていた。
カツの試合があったからだ。
彼がまだ引退していなかったのは、インターハイ出場を決めていたためであった。
インターハイでも順調に勝ち進んでいるそうだ。
昨日、カツから電話があった。
『明日、準決勝なんだ』
受話器から、いつもと変わらない明るいカツの声が聞こえてきた。
『そうなんだぁ。勝ち進んですごいじゃない!』
『最後だし、行けるとこまで行きたいんだ。ただ…』
『…ただ?』
彼の言葉がつまった。
『ただ、明日の対戦相手…昨年の優勝校なんだ。
去年の決勝戦で俺たちがあたって、負けた相手。』
『え…本当に?』
『ああ…』
彼が少しため息をつくのがわかった。
彼になにか励ましの言葉をかけたかったが、言葉がみつからなかった。
何にも知らない私が中途半端な言葉をかけても、
なんのなぐさめにもならない気がした。
浮ついた、表面上だけの言葉を彼は求めているわけじゃない。
それがわかってるから、私は何も言うことができなかった。
少しの沈黙が続いた。
私はなんて無力なんだろ…
何も言ってあげられない…なんて言ってあげればいいの?
『――…ナツキ?』
ワカラナイ…
『泣いてるの?ナツキ』
自分の無力さを感じて、気がつくと涙があふれていた。
『ごめん…私、「がんばって」の一言しか言えない。
こんなありきたりの言葉しか…言葉が見つからない。
ごめん…ごめんね』
なんで泣くの…こんなのカツを困らせるだけなのに。
「がんばって」…それでいいじゃない。本当にそう思うんだから。
『…謝ることないよ。俺はその一言で十分だから。
俺の方こそ、困らせてごめんな』
『ううん!違うの…私が…』
『もう一度、言って…』
『…え?』
『もう一度、言って』
私は緊張して、自分自身と戦っている彼に何もできないの?
でも…彼がこんな一言でも求めてくれるのなら…
求めてくれるのなら―――…
『がんばって…』
なぜ私がこのときに涙を流してしまったのか、
実際のところはわからない。
最近、情緒不安定なせいかもしれない。
ちょっとしたことで泣きそうになる。
そして昨日の事は、私がずっと疑問だったことが確信にかわった出来事でもあった。
時々思うことがある…私は彼にとって重荷になってしまっているのではないか?と。
彼の優しさ、それにつけこんで私は甘えすぎていると感じることがある。
カツは優しい。私を大切にしてくれる。
なんでも許してくれる。包み込んでくれる。
でもそれがたまに…息苦しくなってくる。
私は彼に本当なんにもしていない。
彼と同じくらい、私は彼を想っているのだろうか…?
この前のユウユの話…
あれを聞いただけで、私はかなり動揺している。
―――…スバル二…ダカレタノ…――
たったこの一言で、私の心の中には暗雲がたちこめてる。
悲しくて、切なくて、こんなにも苦しくて…
そんな気持ちを見ないようにして、私は彼に甘えてる。
私が今好きなのは“スバル”じゃない…
“カツ”なんだ。
数日後の夜。カツから電話があった。
去年の優勝校にリベンジを果たし、さらに優勝という輝かしい成積をおさめてきた。
帰ってくるという連絡を受け、私は次の日のお昼頃から駅で待っていた。
早く会いたかった…ただ会いたかった。
―ハヤクココロノフアンヲケシサッテホシイ…
空は曇っていて、今にも雨が降りそうだった。
そういえば朝のニュースで、夕立があるかもしれないと言っていた気がする。
時計の針は午後三時を指していた。
電車が到着したらしく、たくさんの人が降りてきた。
その中から、たった一人の人を見つけた。
「…ナツキ!?」
その人はびっくりしながら人ごみをかきわけ、
私のところに走り寄ってきた。
「ナツキ…ど…してここに…?」
「おかえり、カツ」
カツは肩から提げていたスポーツバッグをどさりと地面に落とした。
「ただいま…!」
そう言って、彼は私を抱きしめた。
人ごみの中、私たち二人はお互いのぬくもりを感じるように抱きしめあっていた。