葉の色が変わり、景色が心を落ち着かせる。
気候が過ごしやすくなり始め、何に対しても意欲がわく季節――…。
その一方で、私の中のものがささいなことで敏感に反応する。
私の傷をうずかせる。
秋〜Autumn〜
「初めて会った時から、きみのことが好きでした」
それは夜も更け始めた公園でのこと。
夕飯を食べた私たちは、
電灯にほのかに照らされる紅葉を見ながらベンチで話をしていた。
彼からの突然の言葉だったけれども、
特に驚きはしなかった。
私たちは知り合ってからよく連絡をとっていたし、
たまには遊びに行ったり、夕食を一緒にしたり、
彼からの好意も感じていた。
彼のこと、考えていなかったわけじゃない。
むしろ私も…。
「…付き合ってくれませんか?」
私が黙っていると、彼は私の手をとった。
それからゆっくりと私を包むようにして優しく抱きしめた。
その瞬間、私の感覚がフラッシュバックした。
何かが違う…と反応した。
勝手に体が、彼から離れていた。
「…ごめんなさい」
最後の最後にきて、こんな言葉を口にする自分が理解できなかった。
優しい彼の表情は、
胸が締めつけられる程悲しげであった。
家に帰り、真っ暗な部屋に入る。
そのまま電気もつけずにベットにもたれて座る。
頬に涙がつたった。
音もなく、静かに流れ落ちる。
この涙は、何のせいで流れているのだろうか…?
彼への謝罪。
自己嫌悪。
過去の回想。
どれもはずれではないと思う。
今、私は現在にいながら過去にいる。
無気力な私の手が、携帯へと伸びる。
電話をかけると呼び出し音が鳴り、
相手は二コール目ででた。
「もしもし?」
「…もしもし?」
私のかすれた声で、泣いていると気づかれたらしい。
「どうしたの?泣いてるの?」
「さっき、神崎さんと会ってた」
「うん、また一緒に出かけたんだ」
「…告白されたのに、断っちゃった」
彼女はこの結果をなかば予想していたように沈黙になった。
「ごめんね、せっかくゆりえが紹介してくれたのに」
「いいよ。そんなことは」
彼女にとってそれは本当にどうでもいいようで、
問題は別のところにあったようだ。
「…なぜ、ふってしまったの?
菜穂だって好きだったんでしょう?」
その問いに、否定することはできなかった。
私は彼に心動かされていた。でも、
「…違ったの」
「違う?」
「握られた手も、抱きしめられた感じも…
彼とは違うって、体が拒絶した」
そう、そこにあの人の温もりはなかった。
忘れた、もう平気だと思っていたけれど、
私はまだ彼を求めていた。
「菜穂…やっぱり、まだ…」
「もう大丈夫って思ってたんだけどね」
過去を捨てきれない私を、ゆりえは責めたりしなかった。
「もう、どうにもできないってわかっているのに…」
私は諦めの気持ちとともに言葉を吐いた。
どうして今さら、
今まで姿を現わさなかったくせに、
なんで今こうやって私の中にいるの…?
これも私に課せられた罰なのですか?
私は他の誰かを好きになることを許されず、
他の誰かと幸せになることは許されないのですか?
私の過去が私を縛りつける。
彼が私を呪縛しているのではない。
私が私を呪縛しているのだ。
「私は、神崎さんと付き合うべきだったのだろうか…?」
少しの後悔が言葉になる。
「誰かで忘れようとするのも一つの手だけど、
それが可能でなかったから感覚が蘇ったのでしょう?」
ゆりえが言った。
確かに、忘れようとした相手に触れられて過去がフラッシュバックしたのだから、
忘れるなんて無理な話だ。
「それに、そのまま彼と付き合っても悪いだけだわ。
今の菜穂はきっと神崎さんと彼を重ね続けるだろうから。
それでいいの?」
「…よくない」
自分の傷を癒すために、誰かを犠牲にしてはいけない。
その痛みは、また自分に返ってくるだけだから。
「彼には、もう連絡はとれないの?」
「もう今さらだし…何を言っていいのかわからない。
それにもし無視されたらって考えると恐くて、とてもできない」
「そっか…」
私は鼻をすすって、涙を拭った。
「でも、何もしないで考えているよりはいいと思うけど?
そうやってずっと悩んで泣いているつもり?」
彼女の言葉で、自分自身の一部が目覚めた気がした。
ゆりえとの電話を切ってからしばらくの間、
動かずに何も考えられなかった。
頭の中では映画を見ているように、
彼との思い出が鮮明に流れていた。
いつも不安ばかり抱えていたけれど、
やっぱり安心できたのは彼のそばだけだった。
私の居場所だった。
私が心から求め、必要とするかけがえのない人。
彼の代わりなんてどこにもいない。
けれどももう、二度と会うことのできない人。
私が過去を抱えていたために、負わなくていい傷を負わせてしまった人。
心が痛む。
木々の葉が落ち始めるけど、
私の心は枯れないまま。
Summer Winter