太陽の光がアスファルトを焼く。

熱と記憶がまとわりつく、あつい季節――…。

夏が長い分、思い出がたくさん生まれる。

強く、激しく。

カラッとしない暑さと、私の気持ち。






 夏 〜Summer〜






 湿気の、蒸し暑い日々が続く。
今年は妙に梅雨長い。
慣れない大学生活一年目とのだるさがからみあい、
私はうんざりしていた。

 木曜の四限。
この時間の教養科目をとっている友人はなく、
私は一人で授業を受けていた。
前の方の席に座りながらも先生の話を意識の遠くで聞きながら、
窓の外をぼんやりと眺めていた。
どんよりした灰色の雲が広がり、相変わらず雨は降り続いていた。
授業はまだあと一時間もある…時計を見てため息をついた時だった。
私の座っている三つ向こうの席に、知らない男性が座った。
遅刻してきたらしく、鞄からルーズリーフだのふでばこだのを慌てて広げた。
そして何事もなかったかのように先生の話を聞き始めた。
時たまメモをとったりして、熱心に聞いていた。
私は関心しながらもすぐに彼から注意をそらし、
とりとめのないことを考え続けた。

 チャイムが鳴り、授業が終わると早々と生徒たちは教室を出て行く。
私もその波に乗ろうとノートなどを鞄につめていた。
「あの、すみません…」
思わず流してしまいそうなくらい、急に声をかけられた。
見ると、そこにはさっきの遅刻してきた男性が私の近くにいた。
彼は私の知り合いだったかと顔をじっとみたが、
どうやら初対面であるようだった。
「え…なんですか?」
私は少し怪訝な声で答える。
「実は俺、風邪でずっとこの授業休んでて今日初めて出席したんです。
 一緒にとってる友達とかもいなくて…
 悪いんですけど、ノート見せてもらえませんか?」
彼はとても言いにくそうに言った。
私は突然そんなことを知らない人に言われて躊躇したが、
断る理由も特に見つからなかったので彼にノートを差し出した。
「あんまり真面目にはノート、とってませんけど」
「ありがとうございます。来週返しますね」
彼はそう言って軽く頭を下げてから教室を出ていった。
なんだか一瞬のことのようで、
私だけ取り残された気分になった。

 次の週の同じ時間。
私はいつもと同じ席に座り、
授業まで少し時間があったので読みかけの小説を開いていた。
「こんにちは」
その声とともに隣に人の気配を感じ、
見上げるとノートを貸した彼がいた。
「こんにちは」
と、私が返すと同時に私のノートが目の前に差し出された。
「どうもありがとう。助かりました」
「いえ」
「ところで…」
彼はそう言いながら私の席と一つあけた席に座る。
「明日って、学校に来てます?」
「一、二限がありますけど…」
「あ、俺もなんだ。よかったらお昼一緒にどう?
 ノートのお礼になんかおごるからさ」
彼の提案に最初は遠慮したが、
結局おごってもらうことになってしまった。

 そういうわけで、次の日のお昼を彼とともにした。
彼はハヤシライスを、私はハンバーグ定食を食べた。
そこで改めてお互いの自己紹介をした。
彼は佐々木 寛人といって、私とは学科の違う一つ年上の先輩だった。
「でもべつに敬語なんか使わなくていいからね」
そう言われたが、私はついクセで敬語を使ってしまった。
いちおう年上の人には敬語で話すようにしているのだ。
その私の話し方が多少のよそよそしさを残したが、
色々話していくうちに二人は友達という関係になっていった。

 一人で退屈だった木曜の四限の授業がいつの間にか、
佐々木先輩に会える楽しみな時間となってしまった。
一緒に授業を受けるようになって、
メールするようになって、
たまに休みの日に遊びに行くようになった。
彼と関わりをもつことが多くなって、
それが自然でごく当たり前のことになった。
私は常に彼の隣で笑い、彼もまた同じだった。
すごく楽しくて、嬉しくて…。
彼と会って別れた後、私はなんだか恥ずかしいような気持ちになって、
顔を思わず手で覆ってみたりした。
この気持ちがなんなのか…気づいたのは夏休みに入ってからだった。
木曜であるのに彼と授業を受けられないことを寂しいと感じ、
メールをしていても会いたくて、声が聞きたくなった。
そして一緒に遊びに行ける日はすごく嬉しくて、
いつまでも帰りたくなくなった。
友達である私は別れ際にだだをこねることもできず、
なんでもないフリをして彼に「さよなら」を告げる。

 その日もそうだった。
二人で適当にぶらぶら歩いてから夕飯を食べ、
駅の改札口を入った所で別れた。
「それじゃ、また」
寂しさを言葉に込めることができず、宙に浮かぶ。
私は階段を上がり、彼は私とは違う路線に向かった。
ホームで電車を待ちながら立っていると、
無性に寂しさが込み上げてきた。
彼にまたしばらく会えなくなる…そう考えただけで、
とても切なくなった。
電車が到着するアナウンスがホームに響き渡る。
頭の中で迷うよりも先に、足が動いていた。
階段を勢いよく駆け下り、
彼のいるホームに私は向かおうとしていた。
ずっと…ずっと伝えたかったことがある。
階段を下りると、人の波に紛れて彼がいた。
二人で目を丸くする。
「ど…して…?」
二人で同じ言葉を口にする。
彼は息を切らせながら言った。
「どうしても、言っておきたいことがあって戻ってきた」
動けない。
私は、ただ彼を見つめるしかなかった。
「…好きだ」
彼の飾り気のない、素直な言葉がそのまま私の心を貫いた。
「俺と、付き合ってください」
「…はい」
こうして二人が戻ってきてココにいること…想いが通じたようで嬉しかった。
それだけで胸がいっぱいだった。
「私も、同じこと言おうとして戻ってきたんです」
彼は安心したような、満面の笑みを私に向けた。
まるで心が呼び合うように同じ行動にでた二人――…。
これまでもそうだった。
私たちは考えること、感じることが似ていた。
自分を見ているかのようだった。

 ノートをきっかけにある人と出会い、
友達となり、恋人となった。
雲一つない夏の空のように、私の心が晴れ渡っていた。






Spring  Autumn



 
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